2012年1月20日 (金)

モラルによる戦略的抵抗運動について

先日、本務校で全学対象のオムニバス講義(すべての学部の学生(主に1回生)を対象にして、すべての学部・機構の教員が1コマずつ担当する講義)で授業をする機会があった。わたしの講義の題目は、 辺境地域を見つ...

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2012年1月17日 (火)

阪神大震災から17年〜「縁」から「絆へ。そして、「絆」から「縁」へ。〜

あの17年前の阪神大震災とその後の一連の出来事で、わたしが学んだのは、ひととひととが偶然に結びあう「縁」の強さ儚さ、そして、広がりと可能性であった。被災地の復興を市民が担っていく過程で無数の「縁」が結...

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2012年1月11日 (水)

希望の先の深い絶望について、考えてみると、涙が出た。〜9.11。女川町立病院の建つ丘に立ってみて〜

本日、2012年1月11日で東日本大震災から10か月になる。そして、はじめて被災地を訪れた昨年9月11日からもう4か月も経ってしまった。その間、書かなければならないと思い続け、下書きを書いては訂正し、...

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2012年1月 1日 (日)

日本の近代と消される故郷、残る故郷

昨年末、3年間にわたって放映されてきた『坂の上の雲』がやっと完結した。3年前にはわたしの故郷である松山(愛媛県であるが、往々にして「四国・松山」と紹介されることが多い)が舞台になっており、主要な登場人...

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新年のご挨拶にかえて〜反「一色」主義宣言〜

みなさま、新年、あけましておめでとうございます。 今年もどうぞよろしくお願いします。2012年の年頭に当たり、ひと言、ご挨拶にかえて。 ことしは、反「一色」主義宣言 わたしの名前は「一色(イッシキ)」...

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2011年9月19日 (月)

「回顧」だけなんて、つまらない。前を向いて歩いて行きたい。(注:のちに若干の訂正あり)

とかく、世の中は、思い通りに行かないものです。学会の帰りに乗ろうと思っていた電車が事故で遅れていて、なかなか目的地までたどり着けませんでした。 さて、学会発表は、だいたい目的地まで到着する目処がついた...

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2011年9月11日 (日)

情景をことばに、ことばを思想にするまでに〜「被災の神学」なんて…〜

いま、仙台にいます。きょうは、一日、被災地を回りました。松島、女川漁港、石巻の門脇小学校や日和山、野蒜、塩竃市街、七ヶ浜………。いろいろなものを見て、ひとの話を聞いて、だくさん考え、課題を見つけること...

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2011年9月 7日 (水)

穿ち続ける、ということ

2日間にわたる日本基督教学会第59回大会が終了した。 感心したこともあり、腹に据えかねることもあり、また、驚いたこともあった。しかし、大切なことは穿ち続けることであると、実感した大会でもあった。 さて...

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2011年8月 6日 (土)

惨禍の忘れ方、再考〜原爆から原発事故をつなぐ「歴史の時」〜

今年の8・6では、福島の原発事故後のことで例年とは違った発言が目立つ。それらに触れながら再認識させられたのは、戦後、この国では核戦争と核の平和利用が分けて考えられてきたという事実だ。 この二分法につい...

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2011年8月 4日 (木)

今さらながら、キリスト教と戦争

きょうの朝日新聞に、米軍内でのキリスト教の理容についての記事が出ていた。リンクは、以下の通り。 「米空軍、核ミサイル発射担当将校にキリスト教で聖戦教育」 沖縄のキリスト教史を研究していると今さら驚くこ...

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«言葉尻をとらえる社会について〜「出過ぎる杭」を「ヤクザ」と揶揄する方法論再考〜