2012年5月16日 (水)

原点としての「琉球処分」と沖縄返還=本土復帰40周年

自分たちの住んでいる国をどう見るかは、他国をどう見るかの鏡になる。 40年前の5月15日のことは、あまり覚えていない。当時小学生だったわたしは、その日は半ドン(授業が午前中だけで終わって、午後は休み)...

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2012年3月11日 (日)

1年、そして、半年………

東日本大震災から1年が経過した。そして、昨年9月11日、はじめて被災地を訪れてから半年が経つ。 先日のニュースで、女川漁港の映像が映し出されていた。中継は、「女川町地域医療センター」からということであ...

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2012年1月20日 (金)

モラルによる戦略的抵抗運動について

先日、本務校で全学対象のオムニバス講義(すべての学部の学生(主に1回生)を対象にして、すべての学部・機構の教員が1コマずつ担当する講義)で授業をする機会があった。わたしの講義の題目は、 辺境地域を見つ...

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2012年1月17日 (火)

阪神大震災から17年〜「縁」から「絆」へ。そして、「絆」から「縁」へ。〜

あの17年前の阪神大震災とその後の一連の出来事で、わたしが学んだのは、ひととひととが偶然に結びあう「縁」の強さ儚さ、そして、広がりと可能性であった。被災地の復興を市民が担っていく過程で無数の「縁」が結...

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2012年1月11日 (水)

希望の先の深い絶望について、考えてみると、涙が出た。〜9.11。女川町立病院の建つ丘に立ってみて〜

本日、2012年1月11日で東日本大震災から10か月になる。そして、はじめて被災地を訪れた昨年9月11日からもう4か月も経ってしまった。その間、書かなければならないと思い続け、下書きを書いては訂正し、...

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2012年1月 1日 (日)

日本の近代と消される故郷、残る故郷

昨年末、3年間にわたって放映されてきた『坂の上の雲』がやっと完結した。3年前にはわたしの故郷である松山(愛媛県であるが、往々にして「四国・松山」と紹介されることが多い)が舞台になっており、主要な登場人...

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新年のご挨拶にかえて〜反「一色」主義宣言〜

みなさま、新年、あけましておめでとうございます。 今年もどうぞよろしくお願いします。2012年の年頭に当たり、ひと言、ご挨拶にかえて。 ことしは、反「一色」主義宣言 わたしの名前は「一色(イッシキ)」...

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2011年9月19日 (月)

「回顧」だけなんて、つまらない。前を向いて歩いて行きたい。(注:のちに若干の訂正あり)

とかく、世の中は、思い通りに行かないものです。学会の帰りに乗ろうと思っていた電車が事故で遅れていて、なかなか目的地までたどり着けませんでした。 さて、学会発表は、だいたい目的地まで到着する目処がついた...

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2011年9月11日 (日)

情景をことばに、ことばを思想にするまでに〜「被災の神学」なんて…〜

いま、仙台にいます。きょうは、一日、被災地を回りました。松島、女川漁港、石巻の門脇小学校や日和山、野蒜、塩竃市街、七ヶ浜………。いろいろなものを見て、ひとの話を聞いて、だくさん考え、課題を見つけること...

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2011年9月 7日 (水)

穿ち続ける、ということ

2日間にわたる日本基督教学会第59回大会が終了した。 感心したこともあり、腹に据えかねることもあり、また、驚いたこともあった。しかし、大切なことは穿ち続けることであると、実感した大会でもあった。 さて...

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«惨禍の忘れ方、再考〜原爆から原発事故をつなぐ「歴史の時」〜