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2006年12月24日 (日)

沖縄“再開発”

クリスマスイブの聖日。首里教会で礼拝をまもろうと、朝、今回のフィールドワークの参加者にあいさつをして、モノレールで首里に向かった。予定より1時間以上も早かったので、首里城近くの9月にゼミの学生たちといっていらだが、ずいぶん変わっていて、とても驚いた。

モノレール首里駅近くの上の毛公園からあがったのだが、首里城まで通り抜けるルートができていた。石垣も復元されており、その曲線がとても美しかった。かなり急な階段を下っていくと、円覚寺のもんの裏側が見えた。まだ、工事ははじまっていなかったが、近々復元工事が行われるのではないかと思わせるものがあった。

そういえば、9月に訪れた中城城跡もそうだった。今回訪れた斎場御嶽もそう。相当規模の大きい発掘作業や「復元工事」がされているようだった。

沖縄の“再開発”はすすんでいる。沖縄に行くたびに、それは感じる。沖縄の人たちには日本国民として他府県のものと同等の経済発展を享受する権利はある。他府県人と同じものを食べ、同じものを消費し、同じレベルの給与水準のもとで生活をする。だから、観光客のためのみに、われわれ他府県人たちがすでに歴史のなかで失ったものを沖縄自身が残すことを強制されてはならない。だから、沖縄に《むかしの=遅れた》姿を強要してはならないし、沖縄が本土と同じになっていくことを安易に嘆くことは間違っていると思う。

また、このように歴史的施設(世界文化遺産を中心とする)の「復元」的“再開発”の影には沖縄の方々の一種の「沖縄回帰(「沖縄ナショナリズム」とまでいえるかどうかは別にして)」があるのかもしれない。この点は、沖縄に住んでいないので、情報が少ないので何ともいえないが。

それから、最近訪れる機会がないが、宮古や八重山はどうなのだろうか。ひょとすると沖縄島の那覇周辺部分と北中部にかつて存在していたような地域間格差が、那覇周辺と離島との間で拡大しているのではないかという懸念もある。だとすれば、那覇周辺だけをまわって、沖縄を云々することはできない。

いずれにしろ、このところすすむ「復元」についても、“再開発”についても発現する権利は、わたしにはない。ただ、そのゆくえを相当な関心をもって、注視していくだけである。

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