慰霊ということ、追悼ということ。
「日韓宗教研究FORUM」の沖縄フィールドワーク第一日目。「速報」の意味で感想のみを記す。詳細は、のちほど。
ほとんどがいままでに数回訪れたところであったが、一緒に回るひとが変わると新しい発見もある。これまで意識的にさけてきた摩文仁の丘にものぼり、「黎明之塔」まで行った。国立墓園ではユタの祈祷を見学した。
わたしはこれまでの研究で「慰霊」とか「追悼」とかいうことをまともに採りあげてこなかった。そして、これからもそれらが自分の研究の中心的なテーマになることはないだろう。それでも重要な体験であった。
「慰霊」や「追悼」は宗教の基本的で最も重要な役割のうちのひとつだ。だからこそ、それを他の政治的軍事的目的で利用する者がいるということをわたしはこれまで追究してきたのだが、宗教がもっている「慰霊」や「追悼」、それに「救済」等の力がどんなものであったかに、わたしの研究は正対してきただろうか。遅ればせながら、それらを真摯に考えてみようと思った。もう一度………。
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