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2006年3月5日 - 2006年3月11日

2006年3月 9日 (木)

キリスト教と帝国主義の諸相

以下の4冊を落手。

① 石浜みかる『紅葉の影にーある牧師の戦時下の軌跡ー』(日本キリスト教団出版局、1999年)
② 堀井順次『敗戦前後ー満州キリスト教開拓団長の手記ー』(静山社、1990年)
③ 竹森満佐一『満洲基督教史話(アジア学叢書20)』(大空社、1997年)
④ 李省展『アメリカ人宣教師と朝鮮の近代ーミッションスクールの生成と植民地化の葛藤ー』(社会評論社、2006年)

①〜③は先日このブログに紹介した満州キリスト教開拓団関係の本。戒能信生「『満州基督教開拓団』のこと」(『福音と世界』2006年3月)に紹介されていたもの。いずれも当事者の手記。

④は、わたしの属しているキリスト教史学会のメンバーの著書。これまで朝鮮半島でのミッションスクール研究と2003年4月から1年間の米国ニューヨーク州立大学ビンガムトン校歴史学部への在外研究の成果である。

片や中国・満州と日本、片や朝鮮と米国・日本。フィールドは違っていても、帝国主義、あるいは、侵略の問題にキリスト教が深く関与してきた歴史を浮き彫りにする。この点で、わたしが沖縄キリスト教史研究の過程で日頃感じていることと共有する面が多い。

早く読みたいが、時間がない。でも、こうやって自分の視野を広げ、周辺地域での出来事のリンクしながら、沖縄のことを考えていきたい。

沖縄にとって、日本人のわたしは沖縄に対する抑圧者の系譜に連なっている。その点で、李省展氏とは問題意識は共有していると思うが、立場性・当事者性の違いを感じている。その自覚を持っているだけに、心配なこともある。以前公開した拙稿「沖縄理解のための方法と課題ー前後沖縄キリスト教史から学んだものー」(『福音と世界』2005.12)が沖縄でどう読まれているのかも知らない。できれば、近々、沖縄にそれを確かめに行きたいと思っている。

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2006年3月 6日 (月)

満州基督教開拓村

わたしは、「宗教と社会」学会の分科会(プロジェクト)である「社会的コンテクストのなかのキリスト教」の研究会にかかわっている。その研究会のメーリングリストに東京のM大学のK先生から「満洲基督教開拓村」の関する投稿があった。

この「満洲基督教開拓村(団)」については、以前、天理大学おやさと研究所『戦争と宗教』に論文に書いたことがある(わたしが原因で発刊が遅れている)。この中には、天理教や金光教、仏教、神道、そして、キリスト教と戦争のかかわりが論じられているが、わたしはキリスト教の部分を担当し、日本基督教団の戦争協力を地方教会の組織化と海外伝道の2つの側面で論じた。そのさい、この開拓団について二次資料を中心にちょっとだけふれた。

この開拓団については前の日本基督教団資料編纂室室長で東駒形教会牧師の戒能信生氏が研究をされていて、①「知られざる教団史の断面—満洲開拓基督教村—」(『福音と世界』1981年12月)と②「『満州基督教開拓団』のこと」(『福音と世界』2006年3月)という論文がある。

わたしは、この問題に関して一次史料の発掘をしたり、聞き取りをしたりしたわけではないので、本来それを詳しく論じられる立場にはない。事実、わたしの論文は①の論文にまったく依拠して書いた二番煎じのものであった。しかし、わたしがその問題に興味を持ったのはその開拓団の団長であった室野玄一の名前を見たからであった。彼は正確なことはまだわかっていないがかなり長期にわたって戦後沖縄の農村伝道を指導している。室野自身の記述による『八重山伝道の思い出」(『燈台 日本キリスト教団八重山中央教会65周年記念誌』1992年、pp14-16)には1960年6月から1961年3月までの9か月間、八重山で農村センターの指導に当たっている。

室野はこの他にも農村伝道新学校の設立にかかわっており、戦前から戦後まで一貫して農村伝道に心血を注いでいたことを、その経歴を見ただけで一目瞭然のことではある。しかし、なぜ満州開拓団から沖縄の農村伝道なのであろうか。このことが、解けない謎として自分のなかにある。その架橋の部分に確かに解かなければならない謎と課題があるような直感がある。

沖縄キリスト教史が包含する課題は、実は沖縄外のさまざまな方向に放射されている。もちろん日本と米国のキリスト教へ。また、台湾や韓国のキリスト教へ。そして、小笠原や南洋群島へ。そして、満州か………。けっこう道は遠く、そして果てしない。が、しかし、歴史研究にとっての宝庫でもある。だから、これからもひとりで道を「開拓」する気概で研究を続けたい。

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2006年3月 5日 (日)

韓国近現代史

韓国現代史 Book 韓国現代史

著者:文 京洙
販売元:岩波書店
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このブログを開設してから、ふた月あまり、ほったらかしにしていましたが、ブックレビューでも久しぶりに載せようと思います。

それから、今月中旬、沖縄に行くので、その時にはたくさんの報告がかけると思います。乞うご期待。

職場(とある私立大学)で留学生にかかわっています。韓国からも留学生(1年間の短期留学。光州と釜山)が来ています。留学生が対象の「日本語・日本事 情」という授業をしていた時に、中国からの留学生と韓国からの留学生と一緒に日中韓の近代史の年表を作りました。その過程で、参加した日本人の学生が日本 の近現代史についてあまり知らないのと同様に、中国や韓国の留学生も自国の近現代史について余りよく知らないことに気がつきました。

この4月から、また、新しい留学生が来ます。そのための準備をそろそろしなければ行けないなぁと思っているときに、偶然本書を書店で見つけました。

1960年代の初めからは、自分の同時代史であり、自分の研究分野が沖縄の戦後史であることも相まって、共感を持って読みました。米軍占領下の沖縄の民衆 も相当壮絶な生を生きてきていますが、韓国・朝鮮の戦後史もまた同様に壮絶であると思いました。また、韓国の戦後史を語る上で日本との関係だけではなく、 米国との関係を注視している本書は、自分の研究の上でも勉強させられることが多くありました。

しかし、まだまだ知らないことがとっても多くて、びっくりもしました。もう一度ノートにとりながらじっくり読みます。

そして、4月からも日本と中国、韓国の協働の年表を作りたいと思っています。そして、願としてはそれに沖縄の近現代史を加えて、交流と葛藤の年表を仕上げたいと思います。

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