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2006年4月16日 - 2006年4月22日

2006年4月20日 (木)

戦後沖縄キリスト教史講義 第1講

本日の講義については、また、日を変えて紹介するとして、講義の最後にあった出来事を考えてみたい。

本講義の最後には、なるべく時間をとって次回の講義に関連のあるテーマで小レポートを書いてもらっている。きょうは、沖縄戦のビデオ『戦場ぬ童』(「戦場ぬ童」制作委員=「1フィート運動(1983年)」による「沖縄戦40周年記念記録映画」)を見て、沖縄戦の最中、そして、戦後、教会や信徒たちはどうなったかについて学生たちに書いてもらった。

そこでのこと。約30分間のビデオの半分ぐらいを終えたところで授業終了5分前になったので、ビデオの音声を消してレポートにかかってもらった。そして、1〜2分たったころ、ある学生が手を挙げて、ビデオを止めて欲しいといった。理由は無論わからない。他の学生は、レポートにビデオがショッキングすぎたので気持ちの整理がつかないと記した。

このビデオは主として米軍がとった映像と沖縄戦体験者の証言で構成されている。米軍の映像は当然の事ながら後方から撮られている。銃弾や艦砲弾の着弾地の映像ではない。ビデオは確かに残酷だが、着弾地点ではもっと凄惨なことが起こっていることは想像に難くない。しかし、そのことに学生たちはまだ想像が及んでいない。

そして、もっと気にかかることは、ビデオはスイッチを押せばすぐに停まる。しかし、現実はスイッチを押して止めることはできない。そのことにも、私は学生たちに気がついて欲しい。次回の講義の前にはっきり、このことは話そうと思う。

実は、わたしもスイッチを切られてしまった。学生の一部は興味がないことや、大変なことがあると、講義のスイッチを勝手に切ってしまう。このK女学院で講義のスイッチを切ってしまって、最後列の席でふざけて互いに叩きあっている学生に出会ったのは初めての体験である。屈辱的でもあるが、良い勉強になった。あの二人の学生はもう来ないかもしれないが、もし来ることがあったらわかるまで彼女たちに語りかけよう。「分かる」。そのことはすぐにではなく、たとえ10年後、20年後であっても。

それで、本題に戻ると、沖縄戦の前と最中に沖縄のキリスト教がどうなったか。それは、おそらく、学生の想像を遙かに超えていることだろう。わたしもその事実を初めて知った時には、愕然とし、これがキリスト教の姿なのかと思ったものだ。こうして、自分の想像の越える事実に直面し、その事実にオロオロしながら、どう考えたらいいんだろうと悩み続けて、わたしはようやくここまで来た。できれば、学生たちにもそのことを深く考えて欲しいと思っている。

日本のキリスト教は沖縄のキリスト教を切り捨てた。それは、1947年10月のあの日本基督教団第4回総会のことではない。それ以前に、既に、日本の教会や沖縄の信徒を見捨てていた。教団は沖縄の信徒や教会のことを顧みもしなかった。そして、その事実をいまに至るまで顧みることもないように思える。

                             (第1講終わり)

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