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2006年10月1日 - 2006年10月7日

2006年10月 1日 (日)

学会速報(ちょっと遅め)

昨日、神戸海星女学院大学で行われた「第57回キリスト教史学会大会」、無事発表は終わりました。以下に、わたしの研究発表の「目次」を掲載します。内容については、また、追々書きたいと思います。

「キリスト教メディアから見た本土教団の沖縄教会観形成」
はじめに─問題提起と方法─
 (1) 「沖縄の拒絶にあって」
 (2) 本報告の課題
  ① 1945年〜1970年代前半の沖日両教団・教会の対話や理解のすれ違いの淵源を探る。
  ② 本土教団から見た沖縄─日本間の交流の実態と質的問題を析出。
  ③ 本土教団が沖縄・沖縄教会を見る視線の変化を探る。
 (3) 調査対象:

Ⅰ.本土教団の沖縄教会観の構造とその変転
 (1) 時期区分
  ① 書簡情報期(1945〜53年頃):本土教団に書簡により断片的な沖縄教会情報がもたらされる時期。
  ② 問安・キャラバン期(〜1966年):本土教団にとっての「外国」である沖縄事情・沖縄教会情報が、教団問安使や各個教会・学校等のキャラバン隊の主観的体験談等の形式で本土によせられた時期。
  ③ 合同準備期(〜1969年):沖縄からの問題提起により、教団内に、にわかに「沖縄問題」に対する意識が高まった時期。
  ④ 直接接触期(合同前後〜):多数の教職者や信者が訪沖し、沖縄教会関係者と直接接触することで、沖日両者のミゾやズレが明白になる時期。
 (2) 本土教団の沖縄教会への“まなざし”
 (3) 本土教団の沖縄教会観の構造

Ⅱ.本土教団における沖縄教会観形成の端緒
 (1) 書簡等による断片的沖縄教会情報
 (2) 世界教会協議会第一回大会(アムステルダム=1948年8月)における日本代表
 (3) 本土教団への訪問者による報告

Ⅲ.本土教団関係者の訪沖と主観的沖縄教会観の登場
 (1) 本土教団首脳による「沖縄教界視察」
  ① 本土教団視察団(1953.6.12-18):小崎道雄総会議長、柏井光蔵副議長、A・R・ストーン宣教師
  ② 「小崎議長その他沖縄へ」(『基督教新報』1953.5.23)
  ③ 「“日本の援助を要望”/沖縄教界視察 小崎議長ら19日帰国」(『キリスト新聞』1953.6.27)
  ④ 柏井光蔵「沖縄伝道の報告(一) 沖縄の一般的状況」(『基督教新報』1953.7.11)
    柏井光蔵「沖縄伝道の報告(二) キリスト教事情」(『基督教新報』1953.7.18)
    柏井光蔵「沖縄伝道の報告(三) 沖縄教会の課題と我等の協力」(『基督教新報』1953.7.25)
  ⑤ 「日本復帰を希う/基督者沖縄前副知事 山城氏語る」『キリスト新聞』1953.8.8 346
  ⑥ 加藤亮一「問安使節の旅から/教団からの伝道協力を待望している沖縄教団」(『基督教新報』1960.4.16)

 (2) 本土教団関係者による訪沖談
  ① 「酒止めて乳を!/沖縄に昂る排酒熱/小塩氏〔日本禁酒同盟常任理事教育宣伝部長小塩完次〕談」(『キリスト新聞』1953.10.31)
  ② 高田彰「沖縄の旅 Ⅰ」(『基督教新報』1954.1.23)
    高田彰「沖縄の旅 Ⅱ」(『基督教新報』1954.2.27)
  ③ 村山盛春「☆寄稿☆ 沖縄伝道に関して教団に望む」(『基督教新報』1958.2.1)
  ④ 山北多喜彦「沖縄へ旅して」(『基督教新報』1960.9.10)
  ⑤ 賀川梅子「沖縄キリスト教団を訪ねて」(『基督教新報』1964.3.28)
  ⑥ 岩村信二「特殊な政情にも明るい表情/沖縄の教会学校」(『基督教新報』1964.9.12)
 (3) 「外国」としての沖縄
  ① 「第十二回教団総会/海外諸教会代表の熱い友好のあいさつ/合同教会の教団に期待 世界教会の一致を強調」(『基督教新報』1962.11.17)
  ② 「いち早く活動を始めた海外伝道委員会/エキュウメニズムとの関連を重視」(『基督教新報』1962.11.24)
  ③ 「海外向けニュース Kyodan を発行」(『教団新報』1966.2.19)

Ⅳ.沖縄教界からの問題提起と「合同」への始動─アジアから/と沖縄へ─
 (1) 沖縄は「外国」か─山里勝一牧師の問い─
  ① 「教団の今日の課題を追求/第十七回夏季教師講習会」『教団新報』1966年9月17日 3488
  ② 山里勝一「時のことば 沖縄の声」(『教団新報』1966.9.17)

このたび私は、日本基督教団主催の第十七回夏季教師講習会に、「お客」として招かれたが、このことにひっかかりを覚えております。
韓国が日本にとって外国であることはわかります。しかし、沖縄は外国ではありません。今秋大阪で開かれる教団総会への招待状を先日受け取りましたが、これがまた英文で書かれており、日本基督教団は、沖縄をなんと考えておられるのか、こちらがとまどってしまいます。
現在沖縄がおかれている政治的地位は、そのまま沖縄の教会と日本基督教団の問題ではないかと思います。
私はこんどの講習会でも、「お前の国籍はどこか」と、三人ほどの方から聞かれましたが、悲しいことです。これは、沖縄が日本人として扱われていないということです。
そこでお願いがあります。
教団の政治的責任ということですが、沖縄が、そして沖縄の教会が、現状のまま残されているということは、日本の教会の戦争責任として考えてもらいたいのです。
広島のことを考えるのもよいのですが、現に、一〇〇万近くの人が、小さい島々におり、アメリカの専制で苦しんでいる、このことが現在の沖縄の問題であります。
沖縄が一日も早く本来のあるべき姿に帰るよう、日本の教会もまた沖縄の教会も、協同の重荷を負って努力してゆけたらと思います。                                  (沖縄キリスト教団総会書記)

 (2) 「合同」への始動
  ① 「主張 世界宣教と沖縄教団に対する責任」(『教団新報』1966.12.17)
  ② 「教団の動き──その解説/沖縄キリスト教団と日本基督教団との関係」(『教団新報』1967.1.21)
  ③ 「両教団合同に向かって話し合う/議長団ら沖縄から帰国」(『教団新報』1967.2.18)
 (3) 沖縄から学ぶ
  ① 伊江島土地を守る会 阿波根昌鴻(談)「沖縄は私どもの島 日本の国土」(『教団新報』1967.2.4)
  ② 「両教団合同に向かって話し合う/議長団ら沖縄から帰国」(『教団新報』1967.2.18)
  ③ 「総会にかわる常議員会東京に開催/一日半で二十余議案を審議」(『教団新報』1967.11.18)
 (4) 「戦責告白」と「合同」
  ① 沖縄・兼次教会「時のことば 『告白』に同意する」(『教団新報』1967.5.20)
  ② 「沖縄キリスト教団との合同/一九六八年総会めざし事務折衝進む/なぜ  ③ 高倉 徹「沖縄の諸教会を訪ねて」(『教団新報』1968.4.6)
 (5) 沖縄教会の国内化

Ⅴ.向きあう沖日両教会と「隔たり」の認識
 (1) 「『戦後』は終わった」─教団にとっての戦争─
 (2) 「沖縄セミナー」の開始─隔たりの認識/交錯する互いの思い─
  ① 「『沖縄セミナー』来年1月現地で/形式的合同に終わらせぬため」(『教団新報』1969.7.26)
  ④ 川崎正明「声 沖縄セミ参加者アンケートから」(『教団新報』1970.2.7)
 (3) 預言
  ① 「沖縄教会との合同成る/緊張と感動につつまれた会場」(『教団新報』1969.3.15)

おわりに─沖縄教会から見た本土教団─
 (1) 埋まらない「欠落」の記憶と本土に対する不信感
 (2) 「復帰」等沖日間の政治問題に対する違和感 ⇒ ダブる日本国家・日本政府と本土教団
 (3) 「沖縄問題」の論じ方:本質論から形式論へ。全体的問題提起から部分的問題へ分節化・矮小化
 (4) 沖縄の対象化と沖縄の立場に立つこと
    ⇒ 沖縄の立場に立つこと/たたないこと。
      自分の立場・視座と沖縄のそれらを対峙させる。
                              以上。

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