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2006年10月29日 - 2006年11月4日

2006年10月30日 (月)

教団総会

第35回日本基督教団総会が10月24日〜26日にかけて開催された。わたしの手元には『教団ジャーナル「風」』(「風」編集委員会)の「号外」(2006.10.27)が届けられ、さらに、「ごみっちゃん」作成のブログ「キョウダン総会ウオッチャー」([http://blogst.jp/uccj/ ])で、ほぼリアルタイムで議事進行の概要を知った。まず、いち早く「号外」を作成し、届けていただいた「風」編集委員会と、「ごみっちゃん」の行動力に感嘆するとともに、教団の行く末に対する憂慮と意気込みを感じました。ありがとう、ございます。「ごみっちゃん」のブログにはさまざまなひとが書き込みをしていました。それも興味深く読みました。

それで、「ごみっちゃん」の速報で気になった個所が幾つかありました。その中でも、最も気になったのは(疑問があるという意味ではなく、興味があるという意味です)、以下の記事です。(「沖縄教区との関係回復に関して」([2006年10月25日(水)]([http://blogst.jp/uccj/archive/48 ]))

その中の知花正勝沖縄教区総会議長の発言を聞いて、いろいろ考えました。あくまでもその場で知花牧師の発言を聞いたわけではありません。また、知花牧師とは面識がありません。しかし、以前から沖縄教区の他の牧師からは話しをきいておりました。また、先日、辺野古でT牧師が不当逮捕された際に、現場にも足を運ばれたということを、どこかのブログでも読みました。

さて、知花牧師の発言は、沖縄教区と教団、それに他の教区との間の断絶が依然として根深いものであるということを示しているとお感じました。沖縄教区は従来の路線とは違った指導部ができた、と外部からは思われています。しかし、沖縄の教会の内部は、牧師たちだけではなく、信徒層も含むと、実は「○○派vs.▲△派」という二稿対立の単純な構造・構図になってはいないと思います。

いろんな意味で見かけや期待よりまとまりがなく、一見バラバラのように見える沖縄教区だけど、それぞれの教師、信徒、教会が直接ではなくても、外部にはわからない方法でコミュニケーションをとって、どこかでみんなが繋がっている。わたしは、そう思いました。教団(中央)とは距離を置くと宣言をしているひとたちは教団や本土諸教会の動向を注視し、総会に久しぶりに出席した新しい執行部の動向を注目しているのではないかと思います。総会に出席した方々は、距離を置いている方々のことを気にかけており、それに対して配慮を持っていると感じました。

いずれも、わたしの憶測ですが、本当のところはどうでしょうか。

最後に、

 冗談も含めて言えば、沖縄キリスト教団は法的には生き残っている。清算法人として。だから、サインの出し方によってはこれが生き返ることもあるかも知れ ない。我々が「琉球だ」という意見、民族主義の強調が濃くなってくると、沖縄教区も「世界宣教」に位置付けられることもあるかも知れない。(※ 先の「ごみっちゃん」のサイトの引用)

「沖縄キリスト教団」が復活するか否か、それは沖縄教区の教職・信徒の決断によるのだと、そして、その決断が荒唐無稽ではなく、すくなくとも可能性として担保されている。今後、沖縄教区の教職・信徒の言動に注視していきたいと思います

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