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2006年11月12日 - 2006年11月18日

2006年11月15日 (水)

小説『客人(ソンニム)』に見るキリスト教の狂気

客人(ソンニム) Book 客人(ソンニム)

著者:黄晢暎
販売元:岩波書店
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キリスト教とはいったい何だろう。信仰とはいったいなんだろう。

─ある地域でキリスト教徒が紛争に巻き込まれ、虐殺事件が起きた。─この時、当然キリスト教は迫害を受けて、信徒は無残にも虐殺された。そう思うのは、実は根拠のない全くの先入観にすぎないこともある。ある場合には、キリスト教徒が集団で次々住民を襲い、閉じこめ、壕の中にガソリンを流し込み、火をつける。そのような残虐な行為をしたのは、軍人や兵士ではない。それまで敬虔に神に祈りを捧げていた、ごく当たり前のキリスト教徒。

キリスト教は本来平和的な宗教であり、迫害されることはあっても、迫害する側に立つことはない。同様に虐殺されることはあっても、虐殺の立場に立つことなど、絶対にありえない。──これが単に先入観、思いこみにすぎないのではないかという疑問を、わたしは常々持ってきた。その思いは、米軍占領下の沖縄キリスト教史の研究を始めた頃から強くなっている。また、アメリカでの原理主義者たちの言動や日本でのキリスト者や教派・教団のそれを見ていると、それは確信に変わりつつある。

そんな疑問に突き刺さる記述に、つい最近出会っていた。以前このブログでも紹介した文京洙『韓国現代史』(岩波書店、2005年)の記述である。1946年2月に成立した北朝鮮の権力機関・北朝鮮臨時人民委員会は、土地改革をはじめとする民主改革を行ったが、その手法は民主的とはほど遠い手段でなされたという。共産主義により打撃を受けた階層には多くのクリスチャンがいた。そして、彼らは朝鮮戦争時に思わぬ反撃をはじめる。

土地改革は、親日的な大地主ばかりか、勤勉と質素によって小・中規模の地主に成長していたプロテスタントたちも一挙に打ちのめした。逆に打ちのめされたクリスチャンたちは、後に朝鮮戦争で米軍を十字軍と呼び、米軍の占領下で北の住民をサタンとして殺戮に及ぶ(前掲書、p50)。

黄海南道の信川郡では住民の四分の一にあたる三万五三八三人が米軍によって虐殺されたという。だが、近年、この『信川虐殺事件』は米軍によるものではなく、米・韓軍の反撃の報に接して蜂起した反共右翼によるものであるとの説が有力である。作家・黄晢暎は、この『信川虐殺事件』を素材とした作品(『客人』)を通じて、住民を悪魔として大量殺戮したプロテスタントたちの心の闇を描いている(同上、p78)。

これはいったい本当のことなのだろうかと思っていた。わたしは、韓国のキリスト教といえば、1970~80年代の民主化運動に立ち、「民衆神学」と呼ばれる独自の神学思想などから、確かに闘争的ではあるが、「反権力」志向の宗教であると思っていた。しかし、一方で国際学会で同席した韓国のキリスト教史研究者たちの発表や発言を聞いていて、ある種の違和感も同時に覚えていた。彼らの研究の多くは極めて護教的であり、同時に神学的な研究の中にある種のナショナリズムと日本の帝国主義政策に乗ったキリスト教に対する政治的批判を強く感じとった。違和感というのは、その落差であり、自らの信仰に対する絶対的な確信であった。

次のような記述もある。

朝鮮半島北西部の平安道では、平壌を中心に反日的プロテスタントの民族主義者がそうした自治組織〔八・一五解放後の朝鮮半島各地に出現した多様な住民の自治組織=引用者〕を主導した。とりわけ、北朝鮮の政治社会の中心地ともいえた平安南道では、解放と同時に曺晩植(チョウマンシク)を委員長に平安南道治安維持会が結成される。この委員会は、一七日には、平安建国準備委員会に移行するが、その主要ポストはほぼプロテスタントの民族主義者によって占められていた。…(中略)…そもそも、平安道は、日本が強要した神社参拝を拒んで多くの殉教者を出した地域でもあった。民族主義的なプロテスタントの影響力は圧倒的で、新義州(シニジュ)を中心とする平安北道もその自治組織はほぼこれらの民族主義者によってしめられた(同上、p41)。

「プロテスタントの民族主義者」とは何だろうか。

キリスト教がナショナリズムと結合すること自体はさほど異例なことではない。キリストが自分の国家を、自分の民族を救い給うと考えることに、わたしは違和感はない。ここに書かれているのは、そういう限度というか許容範囲を超えた、クリスチャンのナショナリストのことである。例えば、済州島の「四・三事件」のときに李承晩(イ・スンマン)の後押しを受けて“進駐”してきた西北青年団などがそうであり、本書には、この事件のときに米軍の顧問を務め、住民の虐殺に関わり合った人物がのちに釜山で神学大学を創設し、ソウルのある巨大教会を創設したとある(『客人』、p300)。

さて、本書の題名は「ソンニム」。このことばは「客人」という意味であるが、一方で「天然痘」をさすという。朝鮮の人々は天然痘という西方からやってきた疫病にそのような名前を付けて、その災厄から逃れようとしたのだと。ここでは、天然痘と同様に西方(欧米社会)からやってきたキリスト教と共産主義を「ソンニム」に例えている。

そのふたつが激突した朝鮮戦争。1950年9月15日の仁川逆上陸作戦成功後、西北地方(黄海道と平安道)のクリスチャンたちが共産主義を打ち砕く「十字軍」になぞられた米軍の北上がはじまった。そして、米軍ハリソン部隊が数時間信川に立ち寄ったあと、西北のクリスチャンとは敵対関係にあった共産党の影響を受けた人たちに足して凄絶なリンチがはじまった。

1950年10月17日から12月7日の52日間に35,000余人の一般住民が虐殺された。その殺害法については本書に詳しいが、同じ民族がこれほどむごい方法で殺しあうと言うことは、双方に計り知れない憎悪が充ち満ちていたことになる。ところが、このような大規模な虐殺事件にもかかわらず、どうやら韓国でもこの事件の真相は知られていないようである。また、北朝鮮はこの同族どうしの争いであったという事実を隠蔽するために、大虐殺事件を米軍に仕業にして、信川に「米帝良民虐殺記念博物館」を建てたという(この博物館のついても本書に詳しく記述されている)。

この本を読んでショックを受けたわたしは、家にある韓国キリスト教史の本を引っ張り出し、K女学院大学で本を借りて、朝鮮戦争時の記述にあたってみた。それらの本の執筆者は、韓国のキリスト教史研究の大家や、民主化運動の闘士、日本人の「進歩的」神学者などである。そこには、この「信川大虐殺事件」の記述はほとんどなかった。あったのは、本書のp293にも記載されているが、信川がもともとキリスト教の盛んな地域だったので米軍がクリスチャンを虐殺したとは考えにくいので、「北」が反共的なクリスチャンを殺戮し、その罪を米軍に着せたのではないかという記述ぐらいである。

このような隠蔽は、果たして意図的なのであろうか、それとも不可抗力によるものなのだろうか。意図的に隠蔽したのであれば、それは相当悪質な話である。しかし、単に事柄の性質上当事者が堅く口を閉ざしていたのであれば、事実関係が明らかにされていない可能性は大いにある。いずれにしろ、機会があれば、じっくり研究してみたいテーマではある。朝鮮戦争とその後の朝鮮半島でのキリスト教徒や教会のあり方は、沖縄戦とその後のそれらと比較研究する価値は充分にあると思う。

最後に疑問をひとつ。「キリスト教徒が一般住民を虐殺した」というときに、「だからキリスト教は………」という指摘(指弾)には論理的に繋がっていかない。同様のことをイスラム教徒が行ったのであれば、同様の言い方がなされる可能性はある。しかし、仏教徒の場合はどうであろうか。無神論者の場合には、無神論故にこのような虐殺をしたと、犯人集団共通の宗教とその犯罪行為が短絡的に結びつけられていいものか。これについては依然として疑問が残ったままである。これは、この本の書かれ方の問題ではなく、読む側の主体の問題である。つまり、本書をどう読み解いていくかにかかわる問題である。

最後に、本所に書かれていることが例え事実であっても、先に述べた韓国の諸教会やキリスト者の方々が自らの信仰と良心に基づき戦われた民主化闘争や「民衆神学」の価値が、いささかも毀損されるものではないということを、付け加えておく。

いずれにしろ、衝撃的な内容の作品であった。そして、読後の疑問が次へ繋がり、広がりを持っている。そんなスケールの大きな、そして、緻密な作品であった。

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2006年11月14日 (火)

教育基本法改正には反対です。

夜のテレビ番組(NHK総合「クローズアップ現代」)で「“愛国心”揺れる教育の現場」というのをやっていた。途中、愛国心を涵養するための公開研究授業とやらの様子が流されていた。

教師が、南の島から来た留学生の手紙を読んで、その留学生が日本には四季があって、それぞれの季節の自然がすばらしいと書いてあったことから、富士山の四季の写真などを見せながら日本というのはとても自然のきれいなすばらしい国であることを子どもたちに学ばせる。

もちろん、「留学生の手紙」というのは実際の手紙ではなく、これ自体捏造なのです。教師が、自作自演の捏造の手紙を使って、偏向したイデオロギーを子どもたちに堂々と押しつける姿は、見ていて正直反吐がでました。

それに、その留学生は肌が真っ黒で、ラフな薄着で、穴間に飾りなんかしてしまっていて、しかも、なぜか椰子の実が生えた浜辺に立っていた。この構図自体が恐ろしく差別的なことなのだが、驚くのはそれからであった。

何人かの児童たちの発言が放送されていたが、最後の児童はこう言った。「四季のない南の国でも自然はとってもきれいなのに、四季があるというだけで日本の自然がきれいだというのは、おかしいと思った」(発言については聞き覚えなので、一字一句間違いがないというわけではありません。が、発言の主旨は間違いありません)。

わたしは、「ようゆうた!!」とひざを打った。しかし、くだんの教師は違った。詳細なやりとりは放映されなかった(カットされていた)けれど、教師がその児童をいいくるめて「日本の国の自然が特別美しい」という思い通りの着地点に誘導し強制していく姿が映し出されていた。

結局、「右」の人たちのいう「愛国心」って、このような捏造と強引で、利己的で、不寛容な手法によって語られる底の浅いものなのです。が、それがとっても問題だと思うのです。それは単純なメッセージとなってプロパガンダの使いやすい道具になっていくのです。

日本の国の自然も確かに美しいところがある。しかし、例え砂漠の国であっても、その風景はそこに住むひとにとってかけがえのない故郷であって、それを美しいと感じる人々にとってはそれこそ美しい風景なのです。

だれでも、自分が見慣れていない風景に出会うと、驚きます。それを、「きれいだといって、感心している」と誤読することは、明らかに間違いです。そんな不純な動機と策略のために利用されるぐらいなら、いっそ富士山は大噴火で半分吹き飛ばされればいいと、本気で思ってしまいました。

こんな教育が横行するようになったら、日本中おそらく馬鹿ばっかりになってしまいます。ますます、他人のこと、他国のことを考えられない人間になっていきます。だから、わたしは今般の教育基本法改正には、絶対反対です。もしそれが成立しても、わたしはゲリラになって現行の基本法を遵守します。

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