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2007年2月 2日 (金)

ある寓話

ある大きな川沿いにある、中っくらいの街のお話しです。

その街は、夏になると、たいした雨が降ったわけでもないのに、毎年決まって洪水に襲われていました。それは、わたしが、まだ、生まれる前のことでしたが、そんなにずっと前からではなく、つい最近のことでもありませんでした。ただ、ずーっとそこに住んでいるわたしの両親や祖父母たちが忘れてしまうぐらい前のことでした。

そして、ある年のこと、また夏になって、恐ろしい洪水がやってきました。まだ、小さかったわたしは、ずいぶん恐ろしい思いをしていました。ところが、その年から、洪水が終わると、どこからともなく知らない人たちがやってきて、わたしたちのための食料を配りはじめました。そして、傷ついた人の手当をし、お金に困っている人には義捐金をくれました。また、壊れた家を片づけ、泥だらけの道路を掃除し、悪い病気がはやらないように消毒をして回りました。決壊した川の堤防もとっても早く直してくれたのです。

その知らない人たちは、翌年も、そのまた翌年も、決まって洪水が終わるとやってきました。わたしたちは、はじめ、その人たちのことを不思議にも思ったし、気味悪くも思っていました。しかし、そんなことが何年も、何年も続くと、知り合いも増え、わたしたちとの交流も少しずつ盛んになってきました。

わたしたちは、はじめその人たちの話していることばがわかりませんでしたが、その人たちが建て直してくれた学校で、その人たちの話していることばを学ぶことができるようになりました。わたしたちのことばの先生はその人たちのなかで一番偉い位にいる人で、賢く、優しそうな人でした。

それから、その人たちと片言の話ができるようになるまでちょっと時間はかかりましたが、その分だけわたしたちとその人たちの絆は深まった気がしました。それは、なにより、その人たちが親切で、暖かく、また、人なつっこく、よく働く人であったからです。ですから、わたしたちは、恐ろしい洪水もそのときをしのげば、またきっとあの人たちが助けに来てくれる。そして、あの人たちがこの街にいる間は、あの人たちから珍しいお土産をもらい、知らない国のお話を聞き、楽しい時間が過ごせるようになると考えて、知らず知らずのうちにあの恐ろしかった洪水を心待ちにするようになっていたのです。

ところが、もうじゅうぶん大人になったわたしは、ある日突然、本当に唐突に、その人たちがどんなひとなのか、知りたくなっていました。それで、ある年の夏、いつものように洪水がやってきて、その人たちがどこからともなく、「やあ」とやってきて、後片づけやら何やらをさっと片づけて、ひと月ほど街のみんなと楽しい時間を去っていったとき、わたしはその人たちに気付かれないように、そっとあとをつけたのでした。

何日も、何日も、その人たちに気付かれないようについて行くのは大変でした。彼らは、険しい川沿いの山道や崖を、上流のほうへ進んでいきました。そして、半月くらい行ったときのことです。わたしたちはやっとその人たちが住む、上流の、大きな街に着きました。するとそこは高い城壁でまもられた要塞のような街でした。門番がいたり、検問があったり、いろいろ大変でしたが、何とかその街にはいることができました。

そこでは、男の人も女の人も、大人も子どもも忙しなく歩き回り、働いたり、学んだりしていました。そして、いくつもある空港からは、どこかと戦争でも始めたのでしょうか、戦闘機や輸送機が、絶え間なく離発着を繰り返していました。わたしは、そこで見たひとびとの顔が、わたしの中くらいの街で親切にわたしたちを助けてくれていた人々と同じようには、とうてい思えませんでした。

しばらくあてもなく歩き回っていると、広場にぽつんと寂しそうに座っていた老人がいました。その老人に話を聞くと、「この街は昔から周辺の街に戦争を仕掛けては、そこを破壊してきた。そして、その破壊された街に乗り込んでは、そこを修復し、困っているひとを助けることで信用を得て、その街を自分たちの勢力下においてきた。そうして「征服」された街は、いつのまにかこの街の助けがないと生きて行かれなっていくのだ」。そう、老人は寂しそうにわたしに話してくれたのです。

そのときわたしは、気がついたのです。わたしの街を毎年襲う恐ろしい洪水は、この人たちが起こしていたことを。そう、あの親切で、気さくで、世話好きで、わたしたちのためによく働いてくれた人たちが、わたしたちを毎年苦しめる洪水のもとだったこと。そして、そのことに何年も、何十年も、わたしたちは気がつかなかったことを。

いまとなっては、あの人たちをつけていったことを、とても後悔しています。その街にさえ行かなかったら、わたしたちはいまだに彼らのことを救い主だと思っていたに違いありません。そして、未来永劫続く楽しい時間を教授できたかもしれません。しかし、すべてを知ってしまったいま、その人たちと前のように笑いあうことは、わたしたちにはけっしてできなくなってしまいました。あの人たちがこれまでわたしたちにしてくれたことはとっても感謝しているのだけれど、それでも、わたしたちは二度と、笑顔を取り戻すことができなくなってしまいました。そして、人間の善意を信じることも………。

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