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2007年3月 2日 (金)

不発弾撤去の街角で

この3月4日、私の住んでいる街で不発弾の撤去作業が行われる。神戸市は、「東灘区青木 不発弾の処理作業について」等で広報しているし、新聞にでも採りあげられている。4日の日曜日の朝には、約10,000人の大規模な避難が行われるという。

このニュースを聞いたとき、なぜこんなところに不発弾がと思った。しかし、調べてみると、青木から深江にかけては、戦前飛行艇などを製造していた「川西航空機(現新明和工業)」甲南製作所があったという。今回発見された米国製の不発弾は、おそらくそこを標的に落とされたものだと思われる。

※ 神戸の空襲については、ここを参照のこと。

ところで、先月初め、東灘区民広報誌『東灘コミコミ』の臨時増刊号が配付された。内容は上記の「不発弾撤去作業」についてだ。その広報誌の第一面を見て気がついたことがある。それは、5つの言語(日本語を除く)で注意書きがされていることである。はじめに英語、次に中国語、ハングル、ポルトガル語、スペイン語、そして、ヴェトナム語の順になっている。

神戸には近代以降、さまざまな国の人々がわたってきて、住み着いている。西岡本にはジーメンスの「ヘルマンハイツ」があり、旧居留地や南京町もある。長田や須磨もまた、それぞれ、違った意味で、“国際的”な街である。また、神戸は明治初期には北海道開拓のため神戸と旧三田藩の人々により結成された「赤心社」の本拠地になり、奄美や沖縄等の南東からの人々を吸い寄せた。神戸は、戦前から戦後にかけて、ブラジル等にゆく移民の収容施設があった。

実は、今回不発弾が見つかった深江あたりに、戦前、欧米から来た芸術家たちが別荘を造っていたらしい。しかし、現在このあたりの住んでいる人たちは、そのような人たちではない。以前、用があり、阪神深江駅で下車し、しばらく海側に歩いたことがあった。時刻は、ちょうど、昼下がり。そこですれ違った人びとは、ポルトガル語かスペイン語らしきことばを話していた。

梶原久美子「神戸市東灘区における日系ブラジル人コミュニティを考える」(関西学院大学社会学部、 2000年度安田賞受賞論文、『社会学部紀要』第90号に所収)によると、ここに暮らす日系ブラジル人や中国人、韓国人たちはこの周辺にある食品工場で主としてコンビニで販売されている弁当やおにぎりなどをつくっているという。くだんの東灘区の広報で使用されている言語はこのような人たちのためであったと推察される。

けれども、それでも、心配なことがある。この間の避難について、ネット上のいくつかのサイトでは避難する、しないをめぐって日本人が議論している。また、市は警察力を動員して、一軒一軒家をめぐるという人海戦術で避難するように住民を説得しているという。そのような説得は、ここに暮らす多くの外国人・日系人に届くのであろうか。また、そうすることが、彼ら、彼女らのためになるのだろうか。しや警察は、「震災の経験に基づいて」というけれど、このようなところにもその経験が生きているのだろうか。

数年前のこの街をあるいたのは、阪神深江駅から国道43号線を通り越して海側にしばらく歩いたところにあった「多文化保育園」を訪ねたときのことであった。そこは、ポルトガル語、スペイン語、英語、中国語、韓国語のできる保育スタッフがいて、日本人の子どもも受け入れていた。しかし、この保育園も2005年8月に閉園したという。そこに通っていた子どもたちやその親たちは、その後どうなったのだろうか。そして、今回の不発弾処理をめぐるできごとをどう思っており、どのように行動するのであろうか。

異国で暮らす外国人たち、なかんずく、子どもたちはこの日をどのように迎え、どのように記憶していくのだろうか。なかには、不発弾、地雷等々が日常生活にあったところから来た人もいただろう。そして、平和な国・ニッポンに来たはずだったのに………。

現実の平和国家・ニッポンには、もっと深刻で過酷な現実がある。そこにあるわたしたちの目に届きにくい亀裂や断裂が、しかし、たしかに存在するこの街に、今回のできごとは「騒動」としてわき起こり、短時日に記憶され、そして、忘却されるのだろうか。

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