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2007年3月11日 (日)

「日本」キリスト教史研究の“断層”と“地層”〜久しぶりの研究会で〜

昨日は、30数年ぶりに再開されたキリスト教史学会関西支部会に出席した。このところ、家庭の事情やらなんやらで、研究会らしい研究会にはほとんど参加できずじまいで、研究者としての“終わり”かけているのではないかと、悲観していた。

発表は院生や教員による4本。それぞれ質疑応答を合わせて30分ずつと、学会と同じ要領であった。

内容は以下の通り。

  1. 中井志磨(関西学院大学大学院神学研究科)「スケープゴート論をめぐるキリシタン理解の可能性」
  2. 韓 守信(同志社大学大学院神学研究科)「『満州事変』以降の半島兵站基地化期における朝鮮総督府の宗教政策─非西欧系宗教と西欧系宗教との比較を通して─」
  3. 土井健司(関西学院大学神学部)「ユニッサのグレゴリオスと貧しい病者の救済」
  4. 原 誠(同志社大学神学部)「15年戦争期の日本プロテスタント・キリスト教会」

3,4の発表はすでに名の知られている研究者の発表で聞き応えのあるものであったが、わたしの関心をひいたのは2の韓氏の発表であった。

韓氏はすでに、今回の発表の副題と同じテーマで以下の2本の論文を書かれているようだ。

  1. 韓国併合および武断統治期における朝鮮総督府の宗教政策--非西欧系宗教と西欧系宗教の比較を通して」(『基督教研究66(1) 、2004年9月)
  2. 三・一運動および文化統治期における朝鮮総督府の宗教政策--非西欧系宗教と西欧系宗教の比較を通して」(『基督教研究67(2) 、2006年3月)

つまり日本による植民地統治期の朝鮮半島での宗教政策をキリスト教と多宗教の比較で理解しようとしている。このところ、キリスト教史学会では、「満州国」や中国大陸、台湾等、日本の植民地やその勢力下にあった地域でのキリスト教伝道と日本国家、軍、植民地統治機関との関係やその宗教政策を問う研究が見られるようになってきた。

これにより、比較的若手の研究者で、オーソドックスな日本の「キリスト教史」、例えば、教派や宣教師、代表的牧師の思想の研究等々を主たる研究テーマにしているものが相対的に減っているような気がする。日本国内の一地方・一地域の伝道を扱ったテーマもしかり。これは、(先述の韓氏は別として)歴史神学やキリスト教史プロパーの研究者ではなく、もともと歴史研究や植民地研究、思想史・政治史研究などを専攻している研究者がキリスト教に着目したからのように思われる。

従来のキリスト教史が切り込んでいかなかった領域に、総督府や植民者側の史料を使って研究を進めていく。その手法は、戦後の沖縄のキリスト教史研究においても、米軍の史料を発掘し、日本のキリスト教側の史料と沖縄の史料との突き合わせをして、そのズレや落差から沖縄のキリスト教史の位置づけを行おうとしているわたしのそれと共通の基盤になっているように思う。

韓氏の他の論文については、国会図書館の複写サービスを使ってオーダーしたので、もうすぐ読めると思う。(※ 弱小私大に勤務していると学術論文のコピーすら事欠く。でも、こうしたサービスがあることで、少しでも研究環境が改善できるかもしれない。)

(4)の原氏の発表も興味深かった。特に、個別の教会史を分析して十五年戦争期には礼拝の出席者数が極端に低下することはなく、受洗者にいたってはある教会では1944年ぐらいにかけて増加しているという事実をはじめて知った。そういえば、これまでそうした視点でこの時期のキリスト教史を見ることはなかった。そうすると、戦時下においてキリスト教(プロテスタント)が弾圧されて、教勢が急速に失速したというのは単なる「神話」に過ぎないことになる。

また、氏は、日本のキリスト教史だけではなく、沖縄や東南アジアのキリスト教史についても精力的に研究されてきた。それを承知の上で、発表後、ちょっと意地悪な質問をしてみた。

先生が述べられている「日本プロテスタント・キリスト教史」の「日本」に沖縄は含まれているのですか。

原氏はほとんど躊躇することなく、「含まれていません」と答えられた。わたしならそう問われると、きっと逡巡してそんなにあっさり答えられないのだが。

「日本」キリスト教史と「沖縄」キリスト教史に存在する“重なり”や“ズレ”を「日本」キリスト教史の“断層”と呼ぶとすれば、旧植民地や日本(軍)勢力下における「日本」教会の伝道活動の歴史はその“地層”ともいえるのではなかろうか。いや、双方に“断層”の部分と“地層”の部分がある。だとすれば、これまでの「日本」キリスト教史は地表とその近くのところまで掘り進んだに過ぎないのかもしれない。

そんなことを、感じた、久しぶりの研究会だった。

【追記】
研究会語の懇親会を終えて、ちょっとだけ二次会に顔を出した。わたしの席の隣では同志社大学の神学部長と関西学院大学の神学部長が、日本キリスト教団のこと、神学校のこと、日本のキリスト教、アジア各地のキリスト教について、憂いを持って話し続けておられた。そして、そのような現状に立ち向かうために両神学部(神学校)が連携し、協働していこういう姿を見ると、研究発表で感じたことと合わせて、「日本」のキリスト教にも微かに希望がともっているように感じた。

まさに、歴史的瞬間にわたしは立ち会っているのだと、強く感じた。

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