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2007年3月29日 (木)

防塁の上に立つ

※ いろいろリサーチ不足なのですが、とりあえず見聞きしたことを覚書として書きます。記載の事項に誤りがあれば、訂正をお願いします。また、自分で気がついた誤りは適宜訂正いたしますので、真偽を確かめないままの転載はご遠慮ください。

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仕事で訪問した釜山外国語大学は、もともと秀吉の朝鮮侵攻の際、加藤清正が城を構えたところだと、日本語大学(韓国の「大学」は日本の「学部」にあたる)の教員が教えて下さいました。ちょうど折から桜が満開で、新学期(韓国の新学期は3月から)の活気がみちたキャンパスからは、すぐ近くに釜山港が見下ろせます。なるほど、要害の地です。

このほか、釜山周辺にはこの戦闘に利用された両軍の砦跡が残っているようです。そのうち秀吉軍のものは「倭城」と呼ばれているそうです。

午後から見学した釜山外国語大学校の新キャンパス予定地は釜山大学校近くの東莱(동래)は秀吉軍侵攻時の激戦地だそうです。ちなみに釜山外大は金井山城(금정산성)近くの48万坪に新キャンパスを建設とのこと。

その他、植民地時代のものも含めて、釜山にはいろいろな意味で日本との因縁浅からぬ場所等がありました。かってこの国を攻めたとき築かれた防塁に、いまは世界各国から学生が集いこの国のことばと文化を学んでいます。わたしの大学の学生もお世話になっています。そして、わたしはここにさらなる有効の絆を深めるためにやってきたことを実感しました。

こうして、ひとつひとつの出会いを通して、この国を身近に感じ、興味が深まりつつあります。

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