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2007年5月28日 (月)

「慚愧に堪えない」

「慚愧に堪えない」──『広辞苑』(第4版)によると

ざん‐き【慙愧・慚愧】
(中世にはザンギ)
(1) 恥じ入ること。「―に堪えない」
(2) 悪口を言うこと。そしること。平家一一「むげに情なかりけるものかなとぞ皆人―しける」
 → さんげ【慚愧懺悔】

松岡利勝農林水産大臣が亡くなった。この件に関して、やっと口を開いた安倍晋三首相は、彼の死が「慚愧に堪えない」と述べた。この発言は好意的に解釈すると、安倍首相が松岡氏の死を「残念でたまらない」ということを言おうとしたのだろう。

けれども、「慚愧に堪えない」にこうした文脈で使う「残念でたまらない」の意味はない。自分が何かとても悪いことをして謝るときに、「慚愧に堪えない」という表現をつかって、「残念」という意味を込めることはあるだろう。その場合の「残念」は、「恥ずかしくてたまらない」という意味だ。

さて、首相は、松岡農水相がしんで、なにが「恥ずかしい」というのだろうか。

まさか、松岡氏のことを恥ずかしいといっているのではなかろう。それとも、自殺するような大臣を任命した自分のことを、本当に恥ずかしいと思っているのか。「もっと早く辞めさせておけばこんなことにならなかったのに、残念だ」ということなのだろうか。

いろいろ考えてみるけれど、意味がわからない。しかし、彼の不安定な心の動きがあらわれているようにも思う。そして、自分が批判がありながら大臣に任命し、その後の「事件」でもなぜかかばい続けていたその理由が、朧気ならがわかっているような気がする。

いずれにしろ、わたしたちが、知らない、知らされていないことが、まだまだたくさんあるのだろう。

──以上、速報のみ。

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