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2007年9月30日 (日)

例えその場に、立てなくとも、わたしは、わたしのできることを

昨日、沖縄の宜野湾海浜公園にて、「教科書検定意見撤回を求める県民大会」が開かれ、11万とも12万ともいわれる人たちが集まったという。他に、八重山・宮古でもそれぞれ数千人の人たちが集まった。その報道を、沖縄の新聞社や放送局のHPで見聞きし、その場に行くことがかなわなかったことを、寂しく感じた。

「例え、いけなくとも、心はひとつ」──とは、とてもいえないけれど、わたしは、わたしのできることをする。高校や中学校の教科書は「集団自決(より実態に即していえば、「強制集団死」)」の他にも不十分なところがいくつもある。そのなかには、学説上の論争になっているものもあるし、仕方がないことでもあるが、学問上不十分なところもある。それらの、過不足を補い、ていねいに学問的位置づけをし、誤りを正していくのは、わたしたち大学の教員の役割であると思う。

講義の授業が始まった。わたしのメインの講義は、後期、いよいよ沖縄戦と戦後占領体制に入っていく。今年は、ことに、沖縄戦の全体像と、「集団自決」、「強制集団死」についてより時間をとって話そうと思う。そして、この問題が、いまだに日本の沖縄支配に利用されていることをていねいに説明したいと思う。

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コメント

AIさんこんにちは。
私も、ニュースを見て、心底ほんとに驚きました。集団自決という行為が、個人や、彼らを守り続けてきた教員の方々だけの意志で行われるとは考えにくいからです。

もちろん、私は専門外ですが、沖縄という土地は、やはり今も根深い問題と確執を抱えていると改めて思いました。

投稿: kanaria | 2007年10月 1日 (月) 03:03

kanariaさん、コメントありがとうございます。

このブログを通して、沖縄のかかえる問題を身近に感じてもらえれば、と思います。そして、「沖縄問題」、「沖縄の抱えている問題」とは、実は日本本土の問題であり、米国の問題であり、世界の問題であることを、今後とも訴え続けていきたいと思います。

これからも、よろしく。

投稿: one(管理人) | 2007年10月 1日 (月) 06:15

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