« ある若い牧師への書簡〜「あなたに、望むこと。」〜 | トップページ | 〔速報〕沖縄に行きます。 »

2007年12月15日 (土)

「殉教」ではない。あなたたちは「迫害」されているのではない。〜「教師退任勧告」と「東海教区詐欺・横領事件」のこれから〜

近代日本におけるキリスト教の特徴のひとつは、自らが日本社会におけるマイノリティであることの過剰な意識からくる「被迫害観」ともいえる歴史観を有し、それを神話化する傾向にあると思う。つまり、それは

自分たちは明治以降百数十年経ったにも拘わらず、いまだにこの社会では少数者に甘んじている。それは、この異教社会が邪教に支配され、真の神の支配を受けていないからである。自分たちは、真の神の教えを説いているから、間違っていて、邪悪な者たちから常に迫害や妨害を受けているので、いまだにキリスト教の教勢がのびないのである。

というものである。そして、そこには、しばしば「正しいから迫害されている」のではなく、「迫害されているから、自分たちは正しいのである」という論理の転倒が見られる。

このことを前提に、ここ数ヵ月間に日本キリスト教団に起こった出来事とそれに対する日本のキリスト教界の中枢部の反応を読み解いていくと、意外なことがわかる。

20071213ついに、日本キリスト教団東海教区の元会計担当者による詐欺・横領事件の記事が『週刊新潮』12月20日号に載った。タイトルは、「6900万『横領事件」』日本基督教団に『カルト化の危機』」(同誌、p.152)。教団や教区の幹部は、いまごろ、さぞかしあわてていることだろう。

しかし、これで、事態が収拾されるかというと、そう簡単にもいくまい。

この記事によると、教区議長は「取材の依頼をほぼ無視」しているらしいが、「監督責任すら問われなかった教区の議長は、今年、堂々と再任を果たしています。つまり、刑事事件を避けたのは、自分がポストから外れないためだったわけです(後略)」という信徒の発言が載っている。また、別の情報によると、北紀吉東海教区議長(愛宕町教会)は、共同通信の記事の配信をさして、自分を教区議長のポストから引きずりおろしたい勢力がやっていることである、というようなことを発言しているらしいのだ。

この心性は、冒頭の「被迫害観」から説明できないこともないだろう。つまり、「自分は正しいことをしているから、迫害されているのだ」と。これが、いつの間にか、「自分は迫害されているから、正しいのだ」という転倒を起こさないことを祈るのみだ。こうなると、事態の平和的収集は困難になってくるだろう。

一方、教団中央の「教師退任勧告」である。

実は、以前も述べた「教師退任勧告」について、日本キリスト教団の総会議長・山北宣久氏の言い分を知ろうと思って同教団の機関誌『教団新報』(第4640号、2007年12月8日)を買い求めた。

山北宣久「未受洗者配餐をめぐって/苦渋にみちた「勧告」に至るには」。このコメントは「聖餐にはバプテスマを受けた信徒があずかるものとする」という「教団教会」規則(準則)第8条①の但し書きからはじまっている。

全体的な印象として、オーバーな表現が多いなか、目をひいたのは、議長自身がいかに多くの敵に囲まれていて、その無軌道で邪悪な敵に自身が立ちむかって、「正しい聖礼典の執行」を守っているような表現であった。

「闇討ち、騙し討ちだとの意見が抗議として渦巻いています」。
「『勧告』はいかにも無茶だとする声も満ちています」。
「招聘制を破壊するものだとの声も湧き上がっています」。

いくつかの節の書き出しが、こうなっている。そして、この文書の特色は、

(1)反対する人たちのことを、集団として捉えていて、個別の意見の差異を捨象している。
(2)全体的に問題を正しいか間違っているかの単純な二分法で捉えていている。
(3)自分に反対する人たちの声を過大に表現したあとで、そのあとにいかに自分が正しいかを強調しているというパターンを多用している。

しかし、これらは明らかに事実の誤認や錯誤、あるいは意図的捏造である。実際には、常議員会では多数決でこの案が可決されたわけだから、少なくとも議長の意見は少数意見ではない。しかし、自分は多くの邪悪な敵に囲まれていると、主張しているのである。議長は、ひょっとすると、本気でそれを信じているのかも知れないが、事実はそうではない。このようなところに、議長は反対派を殲滅しようとしているのではないか、という疑心暗鬼を生じさせる余地が教団内に生まれはじめている。

これも、日本のキリスト教界に伝統的にみられる「被迫害観」に基づく自己正当化の手法である。これは、教団議長やその指示する人びとの信仰が、純粋性と単一性を追求するものであり、宗教的な心情としては間違っていない。しかし、それをこの世の現実を変えずに、無理矢理適応しようとすると、相当な問題が生じるので、同時にそのような問題をどう回避したらしいかを考えなければならない。しかし、それが、今の教団執行部には徹底的にかけている。反対派を排除するのでは、問題は解決しない。むしろ、反対派と対話し、意見を調整し、それをいかに理想に近づけるかの努力をしなければならないと思うのだが。

そして、それをしないのは、指導部の怠慢でさえある。

こうなると、いくつもの点から、問題の平和的解決はより困難になったといわざるを得ない。つまり、議論や対話などでこれらの問題を解決するのは絶望的なのか。教団の信徒や「世間」は固唾をのんでそれを見守っている。

双方に、問題解決の努力と歩み寄り、ねばり強い対話と旺盛な議論を望みたい。そして、そうさせてくださいと、神に祈りたいと思う。

|

« ある若い牧師への書簡〜「あなたに、望むこと。」〜 | トップページ | 〔速報〕沖縄に行きます。 »

日本キリスト教団(日本基督教団)」カテゴリの記事

コメント

週刊新潮、本日購入し、読みました。
なんてコメントしていいのかわかりません・・・・。

投稿: 深海 | 2007年12月17日 (月) 00:12

週刊新潮を購入しました。この教会での問題が明るみに出たことを嬉しく思います。私もカルト化した教会の被害者です。問題に蓋をするのではなくて、事実を認め、誠実な対応をする教会になるように、ザアカイのような心からの悔い改めをする教会になるように願っています。ブログに記事を書いてくださってありがとうございます。私のブログでも紹介をさせてください。

投稿: コアラ | 2007年12月18日 (火) 19:11

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/33092/9390144

この記事へのトラックバック一覧です: 「殉教」ではない。あなたたちは「迫害」されているのではない。〜「教師退任勧告」と「東海教区詐欺・横領事件」のこれから〜:

« ある若い牧師への書簡〜「あなたに、望むこと。」〜 | トップページ | 〔速報〕沖縄に行きます。 »