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2007年6月10日 - 2007年6月16日

2007年6月14日 (木)

「地域的共同体」としての教区と教会~コメントに答えて~

日本キリスト教団に属する沖縄の教会にとって「地域共同体」としての沖縄教区は、歴史的には、相互扶助のシステムであり、ある時には抵抗の根拠であった。それが、現在、本土からの切り崩しによって、その連帯が分断されているように思える。そして、分断され、解体されて、そして、本土に吸収されていくのではないかと危惧している。

さて、市民がむき出しの国家権力にそのまま曝されると、市民相互の連帯は破壊され、互いに分断され、無力化されていく。それは、教会も同様であろう。そして、教会は国家権力と「教団権力」の双方に曝されることになる。

教会員が数名しかおらず、牧師が招聘できないので、日曜の夜、2,3名の信徒で礼拝を守るとき、遠くから兼任牧師を何週間に1度か招聘し、ヒム・プレイ ヤーを奏楽がわりに行わなければならないような、教会。あと数年でこの地上から消えてなくなるかもしれない過疎地の、弱小教会が、教団からのさまざま な要求に耐えうるだろうか。また、教団に異議申し立てなどできるのであろうか。

国家のむき出しの権力から市民を身を守るためには、市民は地域的共同体を創設し、あるいは、すでにある共同体を利用することで、それを防ぐ。同様に、国家と教会、教団と教会とのあいだに中間団体である「教区」は必須ではないだろうか。そう、「教区」は、平信徒の希望にもなりうる。しかし、だから、現在の「教区」のあり方をそのまま肯定することはできない。

地域社会に伝道したり、そこでキリスト教信仰や良心に根ざした社会活動を行うためには、各個教会だけでは対応しきれない。それを、コミュニケーション可能な地域社会のなかにあるいくつかの教会やその信徒・教職者で力を合わせることで、より大きな力を発揮できるのではないかと思う。また、そのような地域社会には、青年会や「婦人」会など同一世代の超各個教会的な集まり、それから、それぞれの地域社会に個別の問題(基地問題や環境問題、人権問題)にとり組む任意の集まり、それにカトリックも合わせた超教派的な集まり等々、さまざまな連帯ができるのではないか。

現にわたしが以前教会生活を送った広島ではそのような地区での集まりが盛んで、信徒と教職者(比較的若手の)がそれぞれの立場を越えて、本音でやりとりをすることがあった。

確かに「かのー」氏のいうとおり、問題が起こってしまうと法人格のない教区では法的な問題を解決する能力がない。しかし、だからといって、「教区」の存在を否定することにはならないと思う。また、情報交換や交通網が発達したからこそ、各個教会での活動から地区の活動の情報を公開し、それを閲覧することで、他の教会や地区、教区で同様の活動が広がっていくこともあるだろう。また、交通手段が発達したからこそ、それぞれの教会や地区の人間関係や継続的な活動が実現していれば、別の地域の活動を見聞することも可能であろう。

また、教区は各個教会相互の自由な交流、地区でのキリスト教信仰に基づく諸活動の場を提供し、それらをつなぎ、あるいはそれらに財政的な裏付けを与えることはできないものだろうか。確かに、教団に替わって各個教会や信徒・教職者を監視し、コントロールしようとする教区ならいらないが。だからこそ、前のブログの記事で、教区執行部の横暴がきわまれば、教区を脱退し、別の教区に編入をするべきだと書いたのだ。

だから、わたしは、いくつかの留保をつけた上で、国家権力や「教団権力」から、各個教会や信徒を守るための教区の役割は、いまだに失われていないと思うのだが。

そして、だからこそ、今回の東海教区や兵庫教区で起こったことは、見過ごせないことであるし、東海教区ではすでに信徒の方が、この問題の解決に立ち上がっていると聞いている。その方々の働きに最大の敬意を表するとともに、きっと神はそのような方々の上にあるのだと、わたしは信じている。

また、沖縄教区。本年度の教区総会を終え、さまざまな混乱が未だ収拾していないと聞いている。しかし、なお、辺野古で闘っておられる方々、また、報道されず、ネットにも情報が載らないので、全国的な注目を決して集めてはいないが、さまざまな場で奮闘をされておられる沖縄教会の関係者の方々にも、同様なことばを送りたいと思う。

そして、自分を考えている。

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だまされては、いけない。のだが………。

また適当なことをいっている、と思うのだが。でも、ほおっておくわけにもいかない。

「長い年月、先送り、隠ぺいされてきた問題をすべてわたしの内閣で解決する。最後の1人に至るまですべてチェックすると約束する」。

いうまでもない。年金問題についての安倍晋三内閣総理大臣の発言である。ほおっておけないのは、こうして「改革幻想」を次々と打ち出して、その解決を先送りにしながら大衆の支持を獲得しようとするアベのやり方が、ポピュリズム (Populism)的な傾向、あるいは、ファシストに見られる政治手法の典型(というと、ちょっと大袈裟だが)にみえるからだ。

それにしても、国民はみんな馬鹿だと思っているのだろうか。と、いいながら、実はとってもばかばかしい選択をせざるを得ないほど追いつめられている人もいるのかもしれないと思ってみる。

それから、アベは年金の記録漏れについて、菅直人に押しつけようと、口を極めて攻撃したという。これについても、なにやらファシズムの匂いを感じているのは、わたしだけだろうか。ナチスはありもしない罪を着せて共産党を排除した、そして、次に、社民党を。ついで、キリスト教会を。こうして、独裁体制を確立していく。

さて、どうなるだろう。

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2007年6月11日 (月)

「教区」とは?

「教区」とは何か? 手持ちの『日本キリスト教歴史大事典』(教文館、1988年)によると、以下の通りである。

その他司教制によらないプロテスタント各派は、当初全国1教区であった。(18=引用者)88年の一致・組合教会合同問題においては部会、聯会と称する地方教区を設定したが、合同不成立後は、中会、部会などとして、それぞれの地方教区を置くようになった。このように諸教派によって教区の教会行政上の意味、形態はかなりの相違があり、その教会会議のあり方も相違する。なお教区をさらに伝道区、地方区、支区、分区などと小区分して運営を図っているものもあり、司教制の教団では各個教会を伝道、司牧の教会区(小教区)として定めてもいる。


こうして、改めて教区とは何かを、考えたのは、以前指摘した東海教区の元会計による横領事件が、発覚後一年経っても、なんの進展もしていないばかりか、ますます、ひどい状態になっていることを仄聞したからである。

わたしは当事者ではないし、それらのできごとをつぶさに見たわけでも、研究・分析したわけでもないので、事件の経過と、その後の展開についてはここでは触れないでおく。このブログを読んだ方で、東海教区の関係者、その他の方でこの一見について御存知の方は、わたしにご一報下さい。

しかし、この件に触れたブログを読むと、教区とは何かを考えざるを得ない。

日本キリスト教団の「教憲」によると、

第6条
 本教団はその教会的機能及び教務を遂行するために教区をおく。
 教区は本教団所属教会の地域的共同体であって、教区総会をもってその最高の政治機関とする。
 前々項の教会的機能及び教務は教区総会の決議ならびに教憲及び教規のさだめるところに従って、教区総会議長がこれを総括する。

とある。因みに、教団は「イエス・キリストを首(かしら)と仰ぐ公同教会」(第1条)であり、各個教会は「本教団の信仰告白を奉じる者の団体」(第7条)だそうだ。教団は「教会」で、教会は「団体」で、教区は「地域的共同体」だということだから、ますます、こんがらがる。こんな素人みたいなことをいったら恥ずかしいが、やはり、よくわからん。理屈の上ではなく、実感としてわからん。

ようするに、教区は教団政治の執行団体であり、同時に、地域の教会や信徒の共同体でもあるということだろう。こういう2面性をもった「中間項」のがどんな性格のものであるかは、末端の各個教会や信徒個人にとってとっても大切だろうと思う。教区のもつ地域共同体の側面を強調すれば、各個教会や信徒個人の意向や要望を教区が総括し、それを教団政治に生かすという教区の“民主的”な姿が思い描ける。しかし、教団政治の執行団体であることを強調すると、教団執行部の意向をくんで、それを各個教会や信徒個人に対してその実行を迫るという割りと“強権的”な教区像が浮かんでくる。

このような観点から見ると、それぞれの教区によってこの二つの側面の力点が少しずつ違っているのではないかと思われる。つまり、“民主的”な教区と“強権的”で教団に従順な教区、それから、中間的な教区と。どうも仄聞する情報が正しいのであれば、件の東海教区は“強権的”な教区であると思われる。そして、教団執行部に忠実な。

何しろ、こうして事件を告発している信徒や教会に圧力をかけ、恫喝しているそうだ。これも仄聞の範囲を出ないが、あるミッションスクールのチャプレンが書いたキリスト教を紹介したハンドブックに教団総会議長がクレームをつけ、教団出版局に絶版を要求したという。もし、事実だとすれば(これも、事実を御存知の方、告発願います)、教団内ではすでに言論弾圧がはじまっているということである。まさに「時代と寝ている状態」(ちょっと、下品で申し訳ありません)だ。

また、同「教規」では、第3章の第59条から第84条まで「教区」の規定がある。なお、「教規」をじっくり読むと(じっくり読まなくても)この「教区」の規定は「教団」の規定に似ていて、「教会及び伝道所」の規定にも似ている。

現在の教区は、以下の通り、

第59条1 本教団の教区は、次のとおりとする。
(1)北海教区 北海道
(2)奥羽教区 青森県 秋田県 岩手県
(3)東北教区 宮城県 福島県 山形県
(4)関東教区 新潟県 群馬県 栃木県 茨城県 埼玉県
(5)東京教区 東京都(江原町3丁目を除く中野区、杉並区、市部および西多摩郡を除く) 千葉県
(6)西東京教区 東京都中野区(江原3丁目を除く)、杉並区、市部および西多摩郡
(7)神奈川教区 神奈川県
(8)東海教区 長野県 山梨県 静岡県
(9)中部教区 富山県 石川県 福井県 愛知県 岐阜県 三重県
(10)京都教区 京都府 滋賀県
(11)大阪教区 大阪府 奈良県 和歌山県
(12)兵庫教区 兵庫県
(13)東中国教区 岡山県 鳥取県
(14)西中国教区 広島県 山口県 島根県
(15)四国教区 香川県 愛媛県 徳島県 高知県
(16)九州教区 福岡県 佐賀県 長崎県 熊本県 大分県 宮崎県 鹿児島県
(17)沖縄教区 沖縄県

となっており、ごらんの通りで、都道府県単位での区割りになっている。ただし、唯一の例外は、1999年4月、東京教区から分区した西東京教区。東海教区を見ると意外なことに愛知県の教会(愛知県は中部教区)は入っておらず、長野県と山梨県が入っており、この時点で「地域的共同体」としてはかなり無理があるように思う。

以前、東海教区の教区総会について東京経由で総会の会場に到着した者がいることから、東海教区の総会を東京で開催したほうがいいのではないかとブログに書いていた牧師がいた。そのことに、わたしは噛みついた。しかし、この教区の牧師の本音かもしれない。

そう思って、「教区の変遷図」(『日本基督教団史資料集 第5巻 財政・統計・年表・索引(一九四一〜一九六八年)』(日本基督教団出版局、2001年)pp110-111)を眺めていて、おもしろいことに気がついた。

それは、1941年の教団成立から1945年まで、東海教区は長野・山梨・静岡に加えて神奈川も含まれていた。その後、45年以降神奈川教区が独立。ちなみに、神奈川教区は50年に東京教区と合区したが、64年に再び分離・独立し、現在に至っている。ほかにも、戦後、上越教区・関東教区の合区(関東教区)、北九州教区と南九州教区の合区(九州教区)、中国教区の東中国教区・西中国教区の合区と分区などの例がある。

で、多少強引な結論。地域の教会や信徒の切なる意思表示を圧殺する教区にとどまる理由はないのではないか。静岡県下の教会、できなければ、東静分区だけでも神奈川教区と合同することで、東海教区の執行部(三役)の横暴と隠蔽体質を告発することはできないであろうか。

聞くところによると、件の教区もと会計による約7,000万横領と、その後の返済の滞りにより、教区財政は逼迫し、小教会では教区からの支援が減り困窮しているとのこと。とすれば、そのような小教会が連帯し、それぞれの近隣教区に「強訴」し、「逃散」することで、東海教区自体を事実上解体することもできるのではないだろうか。

前例のない無謀な提案であることは、自覚している。教規にも教会が教区から離脱することを認める規定はない。もともと、そんなことを想定して教憲も教規もつくられていないのだろう。そういってしまえば、教区の責任者が公金を横領し、それを教区議長やその周辺が隠蔽しようとして、反対している教会や信徒を恫喝するなど、教憲も教規も想定していないのだ。それでも、もたない者がもつ者に対して異議申し立てをするための止むに止まれぬ緊急避難的な行動としてありうると思う。

それから、実際にそのようなことを実行に移そうとしても、恐らく教区や教団の執行部は、教会の法を盾にして、あれこれと妨害をし、そのような動きを圧殺しようとするだろう。また、教会が負担金を払って、牧師や教会のために突き立てているお金の配分も問題になってきて、そうするためには、膨大な労力がそがれるに違いなり。しかし、泣き寝入りするよりも、権力者に対して抵抗するためには、そのような解決策もあるのではないかと思う。

そして、なにより、無道をごり押しすれば、教区や教団は解体されるのだということを、思い知らさなければならないだろう。

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