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2008年2月12日 (火)

スティグマ〜歴史の「傷」〜

詳しくははくことが出来ないが、今から60年も前に受けた理不尽な「傷」の「物語り(ナラティブ)」を聞く機会があった。わたしは、できれば、その「傷」のもとになった物事の仔細を明らかにし、傷つき、貶められ、卑しめられた人がいるとしたら、その汚名を雪ぎたいと思う。

包帯のような嘘を 見破ることで
学者は世間を 見たような気になる
       (中島みゆき「世情」)

わたし(たち)は、人が隠そうとしていることも、結果的に暴くことになる。汚名を雪ぐこともあれば、こうあり、名を遂げた人物の「虚像」を剥ぐこともある。それは、歴史の調査や記述がわたしなりの“闘争”の手段である以上、さけられないことである。しかし、現に生きている人の生活の平安や心の安定を、かき乱す権利など、研究者にはないのだということを、同時に感じている。

「歴史」になりきっていない「歴史」が、今のわたしの課題には存在している。それを、歴史化し、公の場に引き出してきて、公平に評価していくことが、わたし(たち)の使命であるのだが、もう一歩踏み出すことに、逡巡している。だから、長期戦で、粘り強く、対話と働きかけを続けていく他に、途はない。

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