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2008年4月 1日 (火)

学恩〜恩師、急逝〜

4月1日。新年度、2008年度がはじまった。来日した韓国・釜山外国語大学校からの留学生を関西国際空港まで迎えに行って、宿舎まで送り、そのまま、大阪空港から東京に来た。

実に、慌ただしい、新年度の幕開け。そんななか、信じられないニュースが………。

日本キリスト教史の泰斗・土肥昭夫先生が急逝された。以前、わたしは、わたしには学問上の師匠はいないと書いたことがある。しかし、土肥先生には、特に多くの学恩を受けたと思っている。わたしが関西に出て来て、政治史から近代日本キリスト教史への研究テーマを変えようとした時に、わたしが所属していた大学院ではそれに関して指導のできる教員はいなかった。困り果てたわたしは、大胆にも土肥先生に修士論文をお送りし、教えを乞うたのだった。

土肥先生は、見ず知らずの、そして、押しかけた格好になったわたしに対して、自分のゼミ生に接するように懇切丁寧に拙稿についてコメントをして下さった。本当にありがたかった。そして、同志社人文科学研究所のキリスト教社会問題研究会を紹介された。その後、わたしのいくつかの作品はこの研究会での発表や討論の中から生まれた。わたしが博士論文を出せたのも、この研究会、そして、それを紹介し、研究会でもいろいろコメントを下さった土肥先生のおかげである。

また、わたしが就職後、沖縄のキリスト教史研究をはじめた時、その頃は、すでに同志社大学神学部を退職され、学会も退かれた先生であったが、わたしの沖縄キリスト教史の研究発表には、欠かさず出席をされ。きびしくて、優しいまなざしを向けられていた。

明日、前夜式、明後日、告別式という。どうしても手の放せない仕事があり、両方とも出席し、先生にお別れをすることができない。それで、先生に弔電を打ちながら、ふと、昨年も同じように東京から弔電を打ったことを思い出した。昨年、ほとんど同じ時期、やはり同志社人文研の研究会で大変お世話になった田中真人先生を、同じように送った。田中先生からも、また、わたしは大きな学恩を受けた。

実は、私事だが、わたしが今のパートナーと知り合い、生涯をともにすることを誓うことになったのも、おふたりの先生のおかげである。

お二人のかけがえのない恩師を一年間に相次いで失った。そして、わたしは、それらの先生方の学恩に報いることを、何一つしていない。正に、痛恨の極みである。

土肥昭夫先生は、同志社の良心であった。また、生成は、研究者として、他の追随を許さない孤高の存在であり、暖かく、忍耐を持って学生に臨まれ、常に公平に学生や若手の研究者に接してこられた。そんな大きな存在でした。

先生、どうか、安らかにお休み下さい。わたしは、先生にわたしの研究の成果をお見せすることは叶いませんでしたが、今後も、先生のお教えを忘れず、精進いたします。

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