« 〔遅報・学会発表要旨〕国家、地域、教会〜沖縄キリスト教をめぐる二つの国家と地域社会〜 | トップページ | 【覚書】土肥昭夫同志社大学名誉教授追悼礼拝 »

2008年5月15日 (木)

〔遅報・学会発表要旨〕一九四〇年代後半の沖縄教会〜新たに発見した史料から見る〜

本発表は、二〇〇八年九月のキリスト教史学会大会で行う研究発表のための予備的な報告である。

一九四〇年代後半の沖縄キリスト教史を叙述するとき、二次文献をもとになされる傾向にある。そして、それらの叙述は史料批判や複数の文献による検証作業がじゅうぶんになされないまま、通説化している。

ところで、当該期の史料については一次史料で現存しているのは以下の三種類が考えられる。

①政府・行政文書(米占領軍や沖縄人民政府組織の公式文書)。
②新聞・雑誌・パンフレット類。
③当事者の手記、日記、メモ類。

この内、報告者は②については沖縄の諸新聞と断片的ながら米軍やハワイ移民社会等で発行されている新聞も調査した。また、①についても、沖縄諮詢会・沖縄民政府等の文献、占領軍政関係文書の調査を継続中である。今回分析の対象としたのは、新たに発見した③の史料である。報告者はすでに複数の人物の手になる手記・メモ類についてアプローチをしている。また、公刊されている沖縄系米国人(主に、ハワイやロスアンジェルス在住者)や沖縄戦に従軍した米兵の手記等をいくつか発見し、なお調査を継続しながら、既発見史料の分析を行っている。

それら新史料で、いくつかの新しい事実が判明した。その一つは、沖縄戦の最中からはじまった初期占領体制におけるチャプレン(従軍牧師)の役割である。米軍の「第十軍行動報告」によると沖縄戦時に派遣されたチャプレンはハワイ等で充分な教育と訓練を受けた上で、太平洋の諸群島で経験を積んで派遣されたこと分かる。彼らは沖縄戦に参加し、一九四五年五月頃から米軍の占領地の民間人捕虜収容所で集会を開き、六月には洗礼式を行っている。沖縄キリスト教の「戦後」は、この頃すでにはじまっていたといえる。

同年八月の沖縄諮詢会発足により、沖縄教会やキリスト者と占領軍、あるいは、チャプレンとの関係も変化する。当時の沖縄人関係者の手記には、クリスチャン米兵やチャプレン、「宣教師」などとの交流が好意的に描かれており、以後の沖縄教会と米国のキリスト教との関係の原型が形成されていたことが示唆される。

また、この時期の伝道者は沖縄諮詢会・沖縄民政府の文化部職員として準「公務員」的な待遇で伝道活動をしていたということが定説になっている。ところが、当事者の手記によると、当時の牧師・伝道師の生活は貧しく、信徒からの寄附(食料等の現物支給)の記事が頻繁にある。また、四八年頃には沖縄キリスト聯盟(以下、「聯盟」)理事会で伝道者の給与についての予算審議が確認され、聯盟理事長の秘書には俸給の支払いがなされている。このことから、上記の説は今後詳細な検討がなされなければならない。

それから、聯盟の性格や活動についても実態の解明が進んだ。まず、その創立年月日は、従来、四七年二月六日とされてきた。しかし、今回発見した史料によると四六年には聯盟の活動記録がないが、四七年になると三月二〇日に総会が開かれて以降、ほぼ一年に一度総会が開催され、二か月に一度理事会が開催されていることから、四七年一月九日結成説の信憑性が高いように思われる。また、その組織についても従来は教派・教団ではなく、伝道者の互助会的組織であるといわれているが、上記の総会・理事会の内容からして不完全ながらすでに教団としての体裁を整えていたのではないかと思わせる。

こうした定説化(神話化?)が行われてきた背景には、沖縄教会の内部に米軍の占領体制に対してスタンスや距離の取り方に違いがあり、それにより各々の歴史的評価も違うこと挙げられる。それに加えて、研究者自身に、「沖縄戦を経験し日本の教団から切り離された沖縄教会が戦争直後に独自の教会形成をできる訳がない」といったような先入観もあり、結果的に沖縄教会の独自性に対する評価が低く見積もられてきたことがなかったか。そのことについても、自戒の念を込めながら、中止していきたい。

その他、教役者会や「YMWCA」等の組織についても次第にその活動の輪郭がつかめてきた。こうした「事実」をひとつひとつ検証していくと、従来、公的な文書やキリスト教内部の公式文書に記載されてきた一九四〇年代の沖縄教会の実態とは違った歴史像が浮かび上がってきた。今後、更にそれらの史料を精査し、この時期の沖縄キリスト教史の全体像の把握に努めたい。

(「キリスト教史学会 第2回関西支部会」(2008年 3月 8日、於関西学院大学梅田キャンパス)での研究発表要旨。『キリスト教史学』第62集(2008年7月)掲載予定)

|

« 〔遅報・学会発表要旨〕国家、地域、教会〜沖縄キリスト教をめぐる二つの国家と地域社会〜 | トップページ | 【覚書】土肥昭夫同志社大学名誉教授追悼礼拝 »

キリスト教史」カテゴリの記事

学会・研究会」カテゴリの記事

沖縄」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/33092/20973247

この記事へのトラックバック一覧です: 〔遅報・学会発表要旨〕一九四〇年代後半の沖縄教会〜新たに発見した史料から見る〜:

« 〔遅報・学会発表要旨〕国家、地域、教会〜沖縄キリスト教をめぐる二つの国家と地域社会〜 | トップページ | 【覚書】土肥昭夫同志社大学名誉教授追悼礼拝 »