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2008年5月 1日 (木)

キリストに出会う。

K女学院大学チャペルアワーでの奨励

奨励題:キリストに出会う。

讃美歌:讃美歌21 399番 1,2節

1 さすらいの民よ、荒れた大地に
  いつまで空しい 夢を追うのか。
  「神に立ち帰り いのちを受けよ」
  きびしいみ声が 天からひびく。
  われらはいま立つ、主の民として。
 
2 なぜつぶやくのか、さすらいの民、
  果てない旅路の 重荷にあえぎ。
  イェスを待ち望め、十字架のイェスを、
  闇路をみちびく 復活の光を。
  われらはいま立つ、主の民として。
 
3 われらは主の民、日々の歩みが
  明日への希望に 続くようにと、
  愛の聖霊に ひたすら頼み
  あらたな賜物 この日も求め、
  われらはいま立つ、主の民として。 

聖 書:新約 マタイによる福音書 第27章第32節

「兵士たちは出て行くと、シモンという名前のキレネ人に出会ったので、イエスの十字架を無理に担がせた」(マタイ 27:32)

 

 わたしは、日本のキリスト教史の研究をしています。なぜ、この研究をはじめた動機はいくつかありますが、そのうちのひとつは、明治時代になって、生まれて初めて教会に行った人たちは、どうやってキリスト教に出会ったのだろうかということを知りたいと思ったからです。わたしは、20代の半ばになってふとしたことから近くにある教会の礼拝に出席しました。なぜ、わたしがそのとき教会に行こうと思ったのか。それさえ思い出せないほど些細な動機で教会に通いはじめたわけなのですが、その些細な出来事がその後のわたしの人生を大きく変えました。

私がキリスト教史の研究をはじめようとしたのは、その教会で洗礼受けた前後です。洗礼を受けてクリスチャンになったのにもかかわらず、それでも、「人はどのようにキリストと出会ったのか」ということに関心があったのか。それは、それまでに様々な教会員やクリスチャンに出会い、礼拝の説教もメモをとりながら聴き、聖書もたくさん読み、讃美歌も覚えましたが、この時点でもなお、イエス・キリストに出会ったという実感というか、確信が持てなかったからだと、いま思い返して考えると、そう思います。

 さて、きょう読んでいただいた聖書の箇所を「イエスとの出会い」の文脈で繙いてみたいと思います。「シモンという名前のキレネ人」がどんな人物であるのか、聖書では詳しく述べられていません。キレネというのは北アフリカの一都市の名前です。同じ新約聖書の「マルコによる福音書」(「そこへ、アレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人が、田舎から出て来て通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた」(マルコ 15:21))や「ルカによる福音書」(「人々はイエスを引いて行く途中、田舎から出て来たシモンというキレネ人を捕まえて、十字架を背負わせ、イエスの後ろから運ばせた」(ルカ 23:26))にもこの場面が描かれていますが、それらの福音書では、シモンは「田舎から出て来た」とあります。とにかく、このシモンが巡礼か何かの目的でエルサレムにやっていた時に、イエスの処刑の場面に出くわすのです。

 聖書によると、すでに死刑の判決を受けて自ら十字架を背負って処刑場であるゴルゴダの丘に向かっていたイエスは、途中で力尽きます。するとローマの兵士たちは、偶然その場に居合わせたキレネ人・シモンに無理矢理その十字架を担がせて、イエスの後を歩かせたのです。このときシモンは自分が担いでいる十字架にやがてつけられるイエスがキリスト、つまり、救世主であることは知る由もなかったのではないでしょうか。それどころか、恐らく、彼はイエスとは初対面だったでしょう。たまたま通りがかったばっかりに、シモンは、運の悪いことに全くの赤の他人を処刑するための十字架を担がされてしまいます。

 もし、シモンがそれを断ることができれば、他の誰かがそれをすることになったでしょう。要するに、それは、だれでもよかったのです。だれでもよかったのだけれど、よりによって、こうした最悪かたちでキレネ人のシモンはイエス・キリストと出会ったのです。このキレネ人のシモンのほかにも、このときにイエス・キリストと衝撃的な出会いをした人物が幾人か描かれています。例えば、極悪人の強盗でイエスと一緒に処刑されるはずであったバラバという人物は、ユダヤの祭りの風習により、釈放されてしまいます。その後この人物がどうなったかについて聖書は全く触れていないのですが、釈放されてからもその場にいてイエスの処刑の場面をバラバが見届けたとすると、バラバもこうして、普通にはありえないかたちでキリストであるイエスに出会ったのです。

 スウェーデンの作家・ラーゲルクヴィストの『バラバ』(岩波文庫)という小説があります。そこでは、バラバは、この後、一旦強盗団に戻りますが、最後はキリスト教徒とともにローマで殉教しています。また、キレネ人のシモンも後にキリスト教徒になったのではないかと思わせる記述が聖書のなかにあります(マルコ 15:21)

 彼らはどのようにしてキリスト教徒になったのか。それを詳しく知る手がかりは、現在、全く残っていません。ただ、「たまたまイエスの処刑の場面に出くわし、そこで不思議な光景を見て、イエスが救世主であることを悟り、感化され、後にキリスト教徒になった」というような単純なお話しではないように、わたしは思うのです。

 シモンは、イエスがキリストであったことを知った時に、「自分はなぜ、あのとき、イエス様の十字架を担ぐことになったのだろう」、「こんな事なら、強引にでも断るべきだった」、「それにしても、神様は、なぜ、あのような仕方で、わたしをイエス様に会わせられたのだろうか」等とずいぶん悩んだのではないでしょうか。バラバも同じです。「なぜ、全く無実であったキリストが処刑され、極悪人であった自分が許されてしまったのだろうか」。

 これは、二人にとってとても大きな「問い」ではなかったのでしょうか。イエスに出会うということは、物理的に出会うだけではなく、こうして、聖書を読み、イエスに物語に触れ、イエスの弟子たちや其の他の人物の生き様をたどることで、自分が抱えている困難や課題に呼応するように、自分だけの、大きな「問い」を持つこと。これが、イエスと出会うことではないかとわたしは思います。そして、そのような「問い」を持つことで、今度は、その「問い」に対する「答え」を探すという全く新しい人生がはじまるのではないでしょうか。

 翻って、みなさんにとっての「問い」はなんでしょうか。例えば、わたしの「問い」は、こうです。聖書には、大層為になることが書かれているし、その通りのことがこの世の中に実現すれば、とてもすばらしい世界になるはずなのに、現実はそうではない。だから、聖書は、所詮現実に対しては無力なのだ。──これでは「問い」になりません。聖書の教えに忠実なはずのクリスチャンやキリスト教国が、それを実行できないのは「なぜ」か。ここから「問い」がはじまるのです。

自分がたてたその「問い」に対する「答え」はなかなか見つかりません。しかし、その「問い」に対する「答え」を真摯に見つけようとする過程で、きっと、わたしたちは理想の社会を実現するための方法を幾つも考えつくことになると思うのです。

そのような「問い」を生み出すきっかけは、みなさん自身やみなさんの周辺、そして、この地球上にあふれています。「人は人を傷つけないと生きていけないのか」。「いくら努力しても、報われない人がいるのはなぜか」。「真実の愛なんて、あるのだろうか」。………

 さて、みなさんは、現在どんな「問い」をお持ちですか。そして、これからどんな「問い」をご自分で立てて行かれるのでしょうか。その「問い」が大きければ大きいほどそれに対する「答え」も大きくなり、それが深ければ深いほど「答え」も豊かになるのではないでしょうか。聖書には、みなさんが、そうした大きくて深い「問い」にたどり着くための糸口がちりばめられています。

 それでは、静かに目を閉じて、それぞれ、自分の言葉でお祈りをしてください。

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