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2008年7月19日 (土)

沖縄、狙い撃ち

そのお粗末な内容に、わたしは半ばあきれてしまった。だから、買ってまで、また、借りてまで読む価値がないと思うので、敢えて誌名を書かないでおくが、ある月刊誌の8月号に、沖縄戦の「集団自決」に関する、まったくひどい特集が組まれている。

なにがひどいかという、まず、数人の執筆者が同じ雑誌にいくつもの記事を書いている。これは、物書きとしてのモラルの問題であろうし、この問題に関して「軍命がなかった」と強硬に主張する人材の払底を露呈している。加えて、かつての別の号や雑誌等での記事の重複だけではなく、同一誌のなかに同じ内容がくり返されている。よっぽど、「攻撃材料」に困っているのだろう。そりゃそうだ。もともと、無理な立論なのだから。

それでも、いくつか「目新しい」内容がないわけでもないが、それがかえって執筆陣の焦りを著していると思われる。そのなかには、すでに言いがかりとしか思えないお粗末な記事もある。

そのひとつは「S日報(T協会(教会)の下部組織が発行している新聞)編集委員」のKM氏の記事である。K氏はこれまでも著書や数々の証言で自ら肉親を手にかけてきたことを告白し、「集団自決」において日本軍の軍命があったと明言されてこられた金城重明氏ことをを殺人者であり、嘘つきであると断じている。

その手法は、背景をよく知らない者に説得力があると思わせるような、巧妙な詐術が含まれている。K氏の手法は、金城氏の数々の証言や文章について、文献のみを詳細に検討し(重箱の隅をつつき)、自らの論に都合のいいところだけを全体の文脈から切り離して井雲のであり、それらのK氏がいうところの「事実」と「事実」の間を悪意にみちた推論や邪推でつないでいくというものである。

それから、この記事を読むかぎり、K氏は金城氏に一度も直接取材をした形跡がない。取材そのものをしていないのか、直接話しをきいたけれどもその内容が載せられなかったのか、また、法廷等でその証言を直接聞いたのは判然としないが、ともかく、自分が徹底的に批判しようとする人物に対して、可能であるのに直接取材をしていない(または、そのさいの出来事を公表しない)ことは、ジャーナリストとして杜撰ではなかろうか。

以上、詳細に検討することも時間の無駄と思われるような代物であるが、しかし、このままなにも表明しないでおくと、この世界(ネットの世界)でもそれが「事実」として定着されかねないので、一言、書いておく。

人間、取り返しのつかないことをしてしまったときにでも、その後も人生を生きていかなければならない。改心したと言っても、許してくれないひともいるだろう。また、神様は、はっきりと許したという意思表示をされるものでもない。「贖罪」ということばは、とても重い。金城重明氏にはこの件とは別の件で何度か一対一でじっくりお話しを聞いたことがある。氏は、その時も、そして、今でも贖罪の日々を生きてこられている。

そのような人物に正対せず、背後から脳天を打ち抜こうとする輩がこの世にはいる。そして、その輩は、ひとの志を踏みにじることで、いったいなにを守ろうとしているのだろうか。

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