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2008年8月 2日 (土)

問いと答え

国外、国内にかかわらず、学会での研究発表を聞いていて、いつも思うのですが、発表のプレゼンテーションの後の質疑応答は重要です。この質疑応答は、自分の主張がいかに正しいかを誇示する場ではないと思うのです。

研究発表は研究者にとって業績の一つですが、それは、学界に、あるいは、社会に、世界に、問題提起をし、考えるための材料を適時する場でもあると思うのです。そして、質疑応答やその後との会場外での議論のなかで、お互いの認識を深めあい、議論をすることで新しい何かを共同で創造しているのではないかと思うのです。

だから、質疑応答では揚げ足をとるようなこともよくないし、鋭く突っ込まれて、小手先で、言い逃れをしても、決していいものは生まれない。

それから、大きな答えや成果を得るためには、大きな問いが必要です。自分がとっても大きな問いをかかえているのであれば、たかだか30分前後の発表と質疑ではそれに答えることはできないのです。確かに、若いうちは、大先生に突っ込まれてオロオロしてしまって、その場しのぎの答えをしてしまいがちですが、その質問に簡単に答えられるようではいけないとも思うのです。

さて、最近、器用な秀才が増えています。その一方で、「何で、自分が、この研究をしなければいけないのか」といった、心の底から絞り出されるような心情が著しく減退しているのではないかと主思うのです。

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