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2008年9月28日 (日)

「内向き」か………〜「島国根性」について考える〜

また、憂鬱な時がやってきた。「ウオッチング」を再開しなければならないのだろうか。

そして、その憂鬱の種になっている麻生内閣の閣僚のひとり、中山成彬国土交通大臣がいくつもの「失言」辞任した。彼の「失言」のうち、日教組に関することや成田空港の件については相当も問題がある。そして、「単一民族」発言についても問題があるのだが、その発言についてこれまで、何処でもほとんど問題になっていない件について、引っかかっているところがわたしにはある。

それは、「日本(人)は随分内向きな、単一民族」という部分の「内向き」ということばである。日本人は本当に昔から「内向き」だったのだろうか。列島の周縁部分に足を運び調査をしていると、現在でもそこは「内向き」では決して生きていけない「世界」であり、歴史的にもそうだったのではないかと思うことがよくある。近代以前、明確な国境や出入国に関する管理思想などなかった時代には、周縁地域の人たちは自由に他の国・地域の周縁と交流をしていた。そもそも、「周縁」という意識さえなかったのではないか。「周縁」は「中心」や「中央」が成立してはじめて生まれる概念ではないだろうか。

ともあれ、そのような環境に生きている人々は互いに言語が少々違っていても、コミュニケーションを上手にとっていただろうし、「外向き」の行動的な人たち(もちろん、皆がそうではないだろうが)によってそのような交流はになわれて来た。ただ、都や江戸の人たちはそれでも「内向き」であったろうとも思う。あるいは「藩」の「中心」にいる人たちもそうであったかもしれない。

さて、「内向き」な性格や思考・行動パターンと「単一民族」とは全く別個の問題であるが、中山元大臣のなかでは、そして、彼と同種の人間の頭の中では、それが短絡的に直結しているように思う。そして、それは、穿った見方をすれば、国民の統合のために、政治家や官僚は国民の「内向き」になるように願っているのではないかとさえ思える。「外向き」で世界的な視野を以て、海外で活躍するのは少数の政治的経済的エリートだけでよくて、「その他大勢」の国民はなまじ世界のことやこの国の名嘉にたくさんの外国人が生活していることなど知ってほしくないと、彼らは願っているように思えてならない。

しかし、彼らが思っているほど国民は「無知」ではない。また、生活は、普通の、何でもない生活は、それでもどこかで世界とつながっていて、それを生活者たちはいろいろな手段で、また、様々な機会に自覚している。働いても、働いても、自分の暮らしが貧しくなっていくのは、自分が不道徳で、怠け者であるからと、今どき、感じている人はいないだろう。それは、国際経済の要因や政府の無策でそうなっている。それを、とっくに国民は肌身で感じている。

だから、きょうび、とても「内向き」何ぞでは、生きていけない。命や生活が危うくなると皆感じている。

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