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2008年10月25日 (土)

「聴き直す」という文法〜日本キリスト教団総会「議案第40号」に寄せて〜

※ 先に紹介した教団総会の速報サイトは、予告通り23日いっぱいで閉鎖されたようです。今回の速報を後から見直すと、議案の抜粋の掲載されており、大変参考になりました。どなたにお礼を申し上げたらいいのかわかりませんが、とにかく、そのご苦労に感謝いたします。

さて、議案第40号の「『合同のとらえ直し』を自分のこととして聴き直し、再度合同関連議案を提出するために、合同記念日を2月25日に設置する件」。

それにしても、わからん、この文法。東中国教区の方々の思いや、おっしゃりたいことはわかるのですが、しかし、やはりわからない、というより、納得のいかないことが、いくつもあります。

まず、相当ひどい文章です。主語と述語が一致していなかったり、意味不明なところが多数あります。沖縄の教会と本土の教団や教会との関係・歴史を知っていればある程度類推は出来ますが、それらの「予備知識」がないと理解するのはつらいのではないかと思います。文章的な問題は「提案理由」の第二段落の集中しているようです。失礼ながら、下書きかと思いました。

それから、「自分のこととして聴き直」すという文法ですが、そこにはある種の純朴なキリスト者としての誠実さと同時に、自己中心的な不誠実さが感じられました。その不誠実さとは、先の事情を知らない人たちに対して明らかに説明不足である点と通底するところがあります。もし、この議案の提案者がひとりでも多くの賛同者を得ようとするのであれば、全く事情を知らない人々にもわかるように丁寧に表現する必要があるのではないでしょうか。例えば、「議定書」のどこが問題なのか、また、「合同のとらえ直し」関連議案が何を目的として、どう展開したかを説明すべきなのではないでしょうか。

それから、「聴き直す」ということは、角度を変えていうと沖縄の教会の関係者に「しゃべらせる」ということです。そうとってしまうのは、わたしの誤解でしょうか。でも、謙虚さのなかに、ある種の傲慢さと強引さがあるように、わたしには思えて成らないのです。確かに、合同問題に限らず、沖縄の教会の歴史を調べるには、その関係者からお話をうかがうことは不可欠です。それは、よくわかっています。しかし、本土の教会、また、日本の教界の指導者がすべきことは、ほかにあるのではないかと思うのです。

また、沖縄の問題を自分のこととして捉えるということは、一見すると誠実な試みだと思えます。しかし、そうでしょうか。そのようなことを、沖縄の教会が望んでいるのでしょうか。また、捉え直すことは必要であったとしても、それは地道に進めればいいことであって、それを議案にして教団総会提案するべきことなのでしょうか。わたしには、それがわかりません。そう思ってしまうのは、わたしが事情を知らないからなのでしょうか。

更に、付け加えると、合同記念の日(「記念」ということばも日かかりますが)を「2月25日」にすることにいかほどの意味があるのか、この文章を読む限りでは、わたしにはわからないのです。それから、その「記念の日」に毎年「学び直し」の機会をもつとおっしゃっているようですが、そこもわかりません(文章もねじれています。一文が長すぎるので、3つぐらいの文章に分割するといいと思うのですが…)。学ぶのなら、ずっと、継続的に学び続けるべきでしょう。そして、それが、どうして沖縄教区の人を動かすことが出来るのか、説明が欲しいところです。

さて、沖縄教区との対話を進めるのならば、本土教界の指導者のすることはただ一つです。今すぐ、対話を拒否する教団の現執行部を退陣に追い込むことです。そのためには、まず、表面的には執行部に従順そうでありながら、無記名投票では執行部に批判票を投じるような人たちにゝ説得的に自分たちの考えを伝えて、賛同者を増やすかが必要だと思うのですが、いかがでしょうか。その上で、一般の信徒を含めて、真理に働きかけるように論理を鍛え、歴史的な事実を出来るだけ忠実に、公平に、明らかにすることだと思うのです。

最初のもいいましたが。東中国教区の方々の考えておられることは自分なりに理解しているし、わたしとしては是とするところも多いと思っております。だからこそ、残念でなりません。

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