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2008年11月 9日 (日)

軽く見ていたかもしれません。

例の「タモガミ論文」事件です。わたしは、事態を少し軽く見ていたのかもしれません。結局、100名近い(まだ、出てくるかもしれませんが)自衛官が例の懸賞論文に応募していたようです

これは、一種のクーデターではなかったかと思うのです。わたしは経験がないので、最初事態を把握しきらなかったのですが、今回の一連の事件は武力こそ使わなかったけれど、まさに、政治的なクーデターです。

今回更迭された軍人は国家の意思とは違った自らの思想にもとづき自衛官を教育し、それを徹底するという周到な準備をしていました。その上で、民間人と共謀してその思想を公にした。政府(「防衛」相)は、事前にそのことを全く知らされていなかったようです。そして、その論文が公開寸前になって事態の深刻さにはじめて気が付く。

その後、政府は結局、この軍人を免職にすることができなかった。そして、さらに、今度は、国会でこの軍人が国民に向かって弁明する絶好の機会を与えてしまったというのです。左様、国会は野党も与党の緊張感を欠いています。

軍は、文民政府が統制する。軍は、文民政府の方針に絶対服従。これが文民統制=シビリアン・コントロールのあり方です。日本の軍人はこのことを防衛大学校等で骨の髄まで叩き込まれているのではなかったのでしょうか。

でも、事実は全く違っていたのです。今回、政府は軍を統御し、統制する意思も能力も持たないことをしめしてしまったに相違ありません。国会も然りです。このような物騒な事態がかくも自然に、穏やかに来ていることは、実は、わたしにとってとっても意外でした。しかし、事態はおそらく、クーデターの様相を見せ始めてきました。

さて、新しく航空幕僚長に就任した外薗健一朗氏は、自衛隊のことを「武力集団」と述べたといいます。そのような武力集団はこの国に必要なのでしょうか。ある人は、それがなければ国は守れないだろうといいます。しかし、わたしにはその「武力集団」の武力は、本当は、どこか得体の知れない「外国=仮想敵国」ではなく、国民に、あるいは国民の主権に基づいて形成された政府にむけられているのではなかろうか。そのことを、今回の「事件」で、感じた次第です。

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