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2008年11月11日 (火)

植村正久生誕150周年〜その遺産と今日の日本キリスト教界〜

たいそうな題名ですが、わたしは、そんなに植村正久に詳しいわけではありません。先日、休日を利用して「植村正久生誕150周年記念シンポジウム」に出かけてきました。会場は、植村が牧師として勤務していた日本キリスト教団富士見町教会でした。

最初に開会礼拝があり、その後、「植村正久と日本伝道」という主題でシンポジウムが行われました。

主 題 講 演 :大木英夫 聖学院理事長
ディスカッション:五十嵐喜和 日本キリスト教会茅ヶ崎東教会牧師
          戒能信生 日本キリスト教団東駒形教会牧師
          星野靖二 國學院大學助教

会の冒頭、武田清子氏が挨拶をされた。氏を間近で見るのは初めてのこと。思えば、いまから、20年以上前、日本キリスト教史を勉強しはじめたとき、彼女の著作を何度も繰り返し読んだ。いわば、自分の中では「伝説上の人物」であったが、さすが、「植村正久」、さすが、「富士見町教会」といったところであろうか。

実は、この富士見町教会、このブログで何度も登場している仲里朝章が徴年長老として使えてきた教会である。パネラーの発表のあと、質疑応答で植村正久の教えを受け継いでいる物の広がりについて議論が及んだとき、わたしは真っ先に仲里のことを思い浮かべた。戦前の植村による沖縄伝道(確か、植村自身が直接沖縄に行っているはずだ。もっと調べなくては)の成果について、戦後のことが一段落したら、もっと調べてみたい課題だ。小塩節フェリス理事長の父・小塩力(力の父は、家庭学校で留岡幸助の同労者であった小塩高恒)も八重山伝道を行っているのだ。

さて、パネラーのお三方は、いずれも研究会・学会でお顔を拝見したことはある。それぞれ、興味深い発題であった。その中で、戒能牧師が最後に次のような趣旨のことをおっしゃられた。

植村正久は自らの福音信仰とキリスト教の社会的役割について自覚的で、その前半生は社会的活動を重視し、後半生は福音的であったという評価は間違っている。現在の日本のキリスト教界で植村の遺志を受け継ぐといっておられる方々のなかには植村の社会的活動を無視して、福音的であることがすなわち植村を継承することだと考えておられる方がいるが、それは間違っている。

本当は、もっと簡潔な言い回しであったが、大要は間違っていないと思う。まさに、そうだ。人物を歴史の文脈に起き、そこに起こる様々な不幸や災禍などより生ずる人間の懊悩と葛藤しつつ聖書とキリストの教え・行動に導かれていく姿を見据えていくことが、わたしたち歴史家の役割である。それを、再認識した、いい会であった。

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