« 2008年3月23日 - 2008年3月29日 | トップページ | 2008年4月6日 - 2008年4月12日 »

2008年3月30日 - 2008年4月5日

2008年4月 5日 (土)

尊厳について〜4人の新入生に〜

みなさん、ご入学おめでとうございます。

みなさんは、入学式に出てびっくりされたではないかと思いますが、みなさんの同級生は4名です。たった4名。ではありますが、それをふまえた上で、なお、わたしはこのような事態をわたしたち教員や大学にとっても、無論、あなたたち新入生にとっても幸いなことであると思い、祝意を表したいと思います。

みなさんは人間の尊厳について考えたことがあるでしょうか。これは、難しいことではありません。みなさんが、これまで家庭で、若しくは、学校で、或いは、社会で大事にされてきたかどうか。また、みなさんが、それぞれの場で、他者を思いやり大切にしてきたかということです。人間は、それまでに自分がじゅうぶんに大事にされ、尊重された記憶があれば、多少の辛いことや悲しいことは乗り切ることができます。しかし、そのような経験や記憶がないと、自分を守れなくなったり、他者に対して暴力的に接するようになってしまうのではないかと思うのです。

さて、新入生4名に、教員が6名。これは、お互いにお互いのことをよく知り、励まし合い、尊重し合うのに最善の環境ではないでしょうか。わたしたちは、入学式で、早速みなさん全員の名前と顔を覚えることができました。これからも、みなさん方が、仲良く、ともに励み、ともに尊重し合うことを、わたしたちは望んでいます。そして、そのためにともに力を合わせたいと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 1日 (火)

学恩〜恩師、急逝〜

4月1日。新年度、2008年度がはじまった。来日した韓国・釜山外国語大学校からの留学生を関西国際空港まで迎えに行って、宿舎まで送り、そのまま、大阪空港から東京に来た。

実に、慌ただしい、新年度の幕開け。そんななか、信じられないニュースが………。

日本キリスト教史の泰斗・土肥昭夫先生が急逝された。以前、わたしは、わたしには学問上の師匠はいないと書いたことがある。しかし、土肥先生には、特に多くの学恩を受けたと思っている。わたしが関西に出て来て、政治史から近代日本キリスト教史への研究テーマを変えようとした時に、わたしが所属していた大学院ではそれに関して指導のできる教員はいなかった。困り果てたわたしは、大胆にも土肥先生に修士論文をお送りし、教えを乞うたのだった。

土肥先生は、見ず知らずの、そして、押しかけた格好になったわたしに対して、自分のゼミ生に接するように懇切丁寧に拙稿についてコメントをして下さった。本当にありがたかった。そして、同志社人文科学研究所のキリスト教社会問題研究会を紹介された。その後、わたしのいくつかの作品はこの研究会での発表や討論の中から生まれた。わたしが博士論文を出せたのも、この研究会、そして、それを紹介し、研究会でもいろいろコメントを下さった土肥先生のおかげである。

また、わたしが就職後、沖縄のキリスト教史研究をはじめた時、その頃は、すでに同志社大学神学部を退職され、学会も退かれた先生であったが、わたしの沖縄キリスト教史の研究発表には、欠かさず出席をされ。きびしくて、優しいまなざしを向けられていた。

明日、前夜式、明後日、告別式という。どうしても手の放せない仕事があり、両方とも出席し、先生にお別れをすることができない。それで、先生に弔電を打ちながら、ふと、昨年も同じように東京から弔電を打ったことを思い出した。昨年、ほとんど同じ時期、やはり同志社人文研の研究会で大変お世話になった田中真人先生を、同じように送った。田中先生からも、また、わたしは大きな学恩を受けた。

実は、私事だが、わたしが今のパートナーと知り合い、生涯をともにすることを誓うことになったのも、おふたりの先生のおかげである。

お二人のかけがえのない恩師を一年間に相次いで失った。そして、わたしは、それらの先生方の学恩に報いることを、何一つしていない。正に、痛恨の極みである。

土肥昭夫先生は、同志社の良心であった。また、生成は、研究者として、他の追随を許さない孤高の存在であり、暖かく、忍耐を持って学生に臨まれ、常に公平に学生や若手の研究者に接してこられた。そんな大きな存在でした。

先生、どうか、安らかにお休み下さい。わたしは、先生にわたしの研究の成果をお見せすることは叶いませんでしたが、今後も、先生のお教えを忘れず、精進いたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年3月23日 - 2008年3月29日 | トップページ | 2008年4月6日 - 2008年4月12日 »