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2008年8月10日 - 2008年8月16日

2008年8月15日 (金)

忘れる速度ととどまること〜8・13と8・15〜

沖縄で8月15日を迎えるのは、ひょっとすると初めてではないか。1945年のこの日のことは、去年もブログに書いた。沖縄にとってこの日は「終戦の日」ではない。しかし、一応(というと、あれだが)、きょうの正午には黙祷があるらしく、調査の昼休みによった食堂では、遠くから聞こえてくるサイレンの音に「黙祷、黙祷」と呼びかけるひともいた。

それから、仕事を終えて、夕方、「パレットくもじ」に開かれている「     」を見に行った。2004年8月13日の金曜日、沖縄国際大学の構内に米軍のヘリが墜落してから4年目になるが、その間、一般の市民からよせられた写真(多くはいわゆる「写メール」で送られてきたという)が、それを撮った一人一人のコメント付で展示されている。写真は事故直後からはじまって、被害を受けた大学の事務棟の解体、新築までとかなりな期間続いている。

この写真展を進めてくれた沖縄在住のGさんによると、「今年も、意地でも続けている」とのこと。会場では、一見すると大学関係者には見えない女性が小学生ぐらいの子どもと一緒に店番をしていた。

さて、会場には、その日の号外や翌日の朝刊(いずれも、『沖縄タイムス』と『琉球新報』)も展示されていた。その翌日の朝刊の記事を見て、いろいろ記憶が甦ってきた。それには、一面の片隅に「アテネオリンピック、未明に開幕」とあった。そうか、4年前なのか。ちょうど北京でオリンピックが開かれている。わたしは、この年、ヘリ墜落の数日後、現地にGさんに連れて行ってもらった。そして、アテネの野球の準決勝で日本がオーストラリアに負けた(今も阪神タイガースにいるウイリアム投手のせいです)ことは、なぜか鮮明に覚えているのだが………。それにしても、その二つの記憶が同じ年の記憶として、どうも結びつかないでいる。

当時は、しっかりと心に刻みつけようと思っていたのだと思う。そして、本土ではこの事件の記事よりも、「ナベツネ」辞任のニュースが大きく扱われていたことに、憤っていたはずだ。また、今年も13日を意識はしていた。しかし、記憶というものは、こうして次第に後退していくものなのだろう。

「もう一度」、と思うけれど、沖縄でも記憶が風化しているのだろう。そして、それを必死で防ごうとしている人たちもいる。しかし、普天間基地の移設の問題は他のいくつもの変数をかかえ、説くことが不可能な連立方程式になっていて、あれ以来一歩もすすんでいない。

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