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2008年1月20日 - 2008年1月26日

2008年1月24日 (木)

きのう、入管で………(きょうは、防備録として)

ニューカン、入管、正しくは、法務省入国管理局(Immigration Bureau)。そこに、つとめてでもいない限り、一般の「日本人」は用のないところだ。毎年この時期になると、新年度4月にやってくる短期留学生の「在留資格認定書」の交付申請に、入管(大阪入国管理局神戸支局)に行く。

そこは、「日本人」のわたしにとっては、あるいは、「日本人」のわたしでさえ、少し居心地の悪いところである。そして、そこにいる小一時間の間に、手続を待つ様々な人の、多くの凝縮した物語を垣間見る場所である。

アジア系の人。アラブ系の人。南米の人の集団は、待合室でも、どこか陽気なラティーノだ。みな、それなりに問題を抱え、深刻な何かを背負っているかも知れないけれど、それでも、難易かをひたむきに待っている。

それから、外国人労働者を雇っているとみられる日本の会社の責任者。それから、日本語学校の教師や事務員と思われるある人は、数十人分の申請書を抱えて、慣れた様子で手続をしている。

さて、わたし。何度いっても、慣れない。(…ここからは、防備録、兼…)

まず、受付で来意を告げる。応対をした職員の方は、中国系だろうか、日本語に少し訛がある。書類を一応チェックして、何人分の書類か確認する。事前に入管のHPで必要書類をチェックすると「430円切手(簡易書留用)を貼付した返信用封筒」とあってので用意していったのだが、封筒が小さすぎるといわれた。(これって、去年もいわれたっけ。成長してないなぁ。)どうも、交付された認定書の郵送を希望する場合に使うらしい。わたしは、取りに来るつもりなので、これは必要がなかった。(来年のために、忘れないでおこう。)

それから、「○番」の受付といわれたので、いったら、整理券をこってこいといわれた。これは昨年と違っている。昨年は、最初の受付でもらえたのに。うろうろしていると、部屋の隅の受付の受付を発見。そこで、4名分の整理券をもらい。「○番」の受付に。

書類を提出してから約10分程度で呼び出され、わたしの身分証明書の提出を求められた。わたしが代理で申請しているからである。最初、パスポートを見せたのだが、それではダメとのこと。代理申請をするわたしが、留学生たちの「指導教員」であることを証明するものが必要のこと。それで、所属大学・学部と職名が入った名刺と職員証を提示すると、それでOKとのこと。

それから、受理通知用のハガキにわたしの住所氏名を書いて、手続は終了。所要時間30分弱。それで、1週間ほどしたらわたしの自宅にくだんのハガキが届き、それを持って発行された「在留資格認定書」の交付を受け、それを先方に送付する。

今度4月にやってくるのは釜山外国語大学校からの4名。こうして、相手の大学と書類のやりとりをし、学内や学内での事務手続をしていると、次第に留学生がやってくることが待ち遠しくなってくる。まだ、写真しか見ていないが、どんな学生が来るのだろうか。そして、どんな交流が生まれるのだろうか。それが、とても待ち遠しい。

さて、入管を後にしてエレベーターに乗ると、三人の家族が乗り込んできた。以下は、その家族の会話。

父親:これで、お前(母親)の方は、一段落やな。

母親:でも、○○(子どもの名前)のことは片づいていない。

父親:○○は大丈夫や。日本人やから。国籍、(日本に)変えているから、問題ない。

この家族がどのような「問題」を抱えているか知る由もないが、家族観で国籍が違うらしいこと。日本国籍を持っていないと、この国でどんなにかがくくらそうと、この国で生まれ他の国のことなど知らなくても、ここ入管では、彼ら・彼女らは「外国人」として扱われる。

知らなくていいことはない。そして、それを知ったからには、さまざまなかたちでそれを知らせて行かなければならないと、感じた。

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