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2008年10月26日 - 2008年11月1日

2008年11月 1日 (土)

わたしの「思いやり」考

わたしは、40代半ば。いわゆる働き盛りである。だから、普通は電車やバスで席を譲られたことがないはずだ。しかし、40代の前半の一時期、バスでしばしば席を譲られたことがある。そして、わたしに席を譲ろうとしたのは、いずれもほとんどの場合わたしと同年代かそれ以上の人からであった。

さて、なぜ、わたしガバスで席を譲られたのか。それは、わたしがまだ乳児であった息子を抱いていたからであった。そう。人間は、ある日突然、「ハンディ」を背負うこともあるのだ。だんだん年老いて、だんだん席を譲られる機会が多くなってくるだけではない。

その時、わたしは、大袈裟に言えば人生観が変わった気がした。その転換を、今はうまくことばで説明することは出来ない。しかし、それは、「席を譲る」側から「席を譲られる」側へと立場が変化したことに起因していることは間違いない。そして、「席を譲られる」ことで、その人がどんな気持ちになるのか、ちょっとだけわかったような気になった。

「思いやり」にも同様のことがあるのではないか。

さて、その「思いやり」について、再考する機会を与えられた本がある。

思いやり格差が日本をダメにする―支え合う社会をつくる8つのアプローチ (生活人新書 270) 思いやり格差が日本をダメにする―支え合う社会をつくる8つのアプローチ (生活人新書 270)

著者:稲場 圭信
販売元:日本放送出版協会
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最初の断っておくが、本を読むときには、批判的な目で見ればいくらでも批判ですることが出来る。反対に、評価するつもりで読めばすばらしい点だけを述べることも出る。そのバラ ンスが大事なのだが、その点でいうと、本書はヴォランティアを目ざす人たちやその活動に関心がある人たちにとってはとても有意義であると思う。その上で、わたしの問題意識に引きつけて、批判的に、本書を読んでいきたい。

著書は、先日の釜山の学会ではじめて知り合った方である。その知り合い方に、わたしはある種の運命のようなものを感じているのだが、それはさておき、著者からのメールで発刊を知り、通勤の途上の駅上書店で買い求めた。

本書は、現在の各社社会の問題や「思いやり」、そして、著者が取り組んでいる「利他主義」について一般の読者にも分かり易いことばで書かれており、それらの諸問題群に近づき、そして、思考をステップアップさせるための文献についても、要領よく紹介されている。

しかし、いくつかの違和感が最後までぬぐい去れなかった。

そのひとつは、「思いやり格差」という本書のキーワードについて明確な定義がされていないようだったので、最後までこの概念がよく分からなかった。著者の意図は「格差社会」でおきている様々な問題を解決する手段を「思いやり」という観点から導き出そうとする者であろうか。

もうひとつは、冒頭の話と関連している。あえていうと、本書は、「思いやる」立場からのみ書かれている。そこでは、「思いやられる」立場が完全に客体化され、その主体性が剥奪されているように思えてならない。これは、筆者が英国に留学していたこともあり、その欧米でのボランティア体験や「思いやり」体験が相対化されていないからではないだろうか。

本書の題名に「日本をダメにする」とあるが、わたしには著者がそこまで言っていないように思える。ひょっとすると出版元の意向なのかもしれない。著者は現代日本社会の問題点を指摘し、それを解決する手段として英国社会に根づいている「思いやり」の様々な方法やそれを支える叡智を紹介している。それ以上に踏み込んではいないように、わたしには読めた。

それでも、実は、日本には近代以前から共同体の内部では助けたり、助けられたりする関係があり、それを維持するシステムや知恵があった。そこに、欧米流のヴォランティアリズムを携えたキリスト教が宣教師とともにやってくる。そこで、はじめて日本人は不特定多数の「隣人」に「思いやり」をもつということを知る。そのことには、重要な意味があった。

しかし、当時のキリスト教が社会の上層に受けいれられた(より正確には、社会のより上層にある人がキリスト教界で影響をもった)ことにより、「助けたり、助けられたりする」関係ではなく、助ける人と助けられる人が分離し、その立場が固定されたのである。

わたしは、かつて、論文(「世紀転換期におけるキリスト教メディアと『慈善』文化の創成」(『甲子園大学紀要 C 人間文化学部編』第1号、1997年))でそのことを指摘している。そこで、わたしは、1900年前後の世紀転換期に起こった自然災害や戦争、つまり、濃尾地震(1891年10月28日)、三陸大津波(1896年6月15日 )、日清戦争(1894年7月〜95年4月)、日露戦争(1904年2月6日〜1905n年9月)の際にキリスト教が行った「音楽幻燈会」という全国的な慈善活動をとりあげて、そこで近代以降日本にもたらされた「慈善」文化の問題点を論じた。

また、ここでは、詳細は触れないが、筆者がしばしば触れている新約聖書の「善きサマリア人」のたとえ話にも、わたしは違和感をもっている。

わたしは、「慈善」を行う者の「慈善」の対象者にむけられた“まなざし”が気になる。そして、それらの「慈善」意識が容易にナショナリズムに回収されたり、国境の壁を越えられなかったことが気になる。ロンドンの街角では至る所に監視カメラがあると聞くが、もしそれが本当ならば、英国には筆者が言うところの「思いやり」が溢れていると同時に、監視の眼が自らのうちにある「異人」や「異分子」にむけられてもいる。そのことは、どう解釈すべきなのであろうか。

歴史は、きれい事ではない。わたしは、その歴史をこれまでずっと観てきた。歴史は、矛盾に満ちている。だからこそ、わたしは、単純な説明や枠組みには組しない。わたしは、本書から多くを学んだが、しかし、なお、自らの問題関心を引きつけて考えると、筆者が触れなかった、いわば「死角」が気になってしかたがないのである。

最後に“つぶやき”:わたしも、早く、著書を出さなければ。まごまごしている場合ではない。

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2008年10月26日 (日)

対話を拒否する人

引きつづき、日本キリスト教団総会でのことです。

「風」の方々による「第36回教団総会速報Vol.19」によると(といっても、すでにソースは削除済みなので、それを見ることが出来ない方々には検証の手段が内のですが)、常議員に選出された北紀吉(おそらく、まだ、東海教区議長)は、選任の挨拶のときに、「『もはや対話はない』と威嚇的に挨拶し、議場の反発を買って多くのヤジが飛んだ」といいます。

この北氏はこのブログで例の東海教区の元会計担当者による詐欺・横領「事件」のさいに、最後まで(といっても、まだ決着はついていないのだが)この元会計担当者を擁護し続けた教区議長です。

さて、総会でのこの発言。わたしは、その場にいませんでした。「風」の記者さんの「威嚇的に挨拶し」というのは、すくなくとも主観的な感想です。また、北氏の発言も「」がついていますが、本当に正確な引用なのかわたしには確かめようがありません。

だから、「この発言が、もし事実だとしたら」という留保条件がつきますが、対話を拒むのであれば、牧師などという面倒くさい仕事は辞めた方がいいと思います。「威嚇的」態度も、これも間接的な情報ですが、例の東海教区の事件をめぐって北氏に直接会った人からの伝聞ですが、その時も、相手が信徒で、しかも女性であったせいか、大変威嚇的であったということです。こうした伝聞情報をつなぎ合わせると、北氏の人格や人間像が類推されます。

キリスト教は、ことばの宗教です。ことばによって、今日まで伝えられてきました。北氏をはじめとする方々がこだわっておられる「信仰告白」等々も、すべてはことばです。そして、キリストはそのことばをもって今もわたしたちに語りかけておられます。

キリストは対話の人であったか。聖書にはそうではないことを連想させることを書いていますが、力をもたない、弱く貧しい人たちの語りかけに、必ず応じておられました。キリストが対話を拒むのは、たとえば、キリストを試みたり、高圧的に真理を押しつけるものたちに対して、議論を拒むことで、本当の真理に気付かせようとする場合ではなかったかと思います。

さて、わたしの聖書には、自分を迫害する人のために祈りなさいと書いてあり、わたしの敵をわたしが愛しなさいとも書いてあります。北氏は、講壇で、「自分に逆らうものたちとは、対話はしてはなりません」とでもといているのでしょうか。

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