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2008年11月30日 - 2008年12月6日

2008年12月 6日 (土)

過ぎ去った“カコ”を、来るべき“ミライ”に〜池上永一『テンペスト』を読む〜

池上永一の『テンペスト』読了。


テンペスト  上 若夏の巻 Book テンペスト  上 若夏の巻

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テンペスト 下 花風の巻 Book テンペスト 下 花風の巻

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あらすじなどは、野暮なので、詳細は省略する。両方で900ページぐらいの浩瀚な小説だが、数日で読了した。それだけ面白かったのだが、それに加えていくつか示唆を与えられることがあった。

まず、主要な登場人物やどうやら実在しないらしい。生憎、この時代の知識があまりないのだが、おそらくモデルになった人物はいるのだろう。だから、正確な歴史的事実を本書から読み取るのは無理だろうが、だからといって書かれていることは全くのフィクションではない。当然のことながら、一面では歴史の論文よりも当時の人物群像や時代状況が活写されていることはある。

さて、琉球王国は、大陸の中華帝国と「日本」に接する小国である。本書の舞台は、その琉球王国の滅亡期である。その頃には、英国、米国等々の欧米列強が中国から日本本土への足がかりとして琉球王国を席巻しようと、虎視眈々と機会を狙っていた。そんな小国でありながら、琉球王国は、1429年から1879年(72年に琉球王国は琉球藩となっている)の約450年もの間存在し続けたのである。途中、クーデタで王朝が交替し、1609年には薩摩の侵攻を受けて奄美を失い、「保護国」化することもあった。

しかし、それでも王国として存続し続けた。そこに、わたしたちが対面している琉球=沖縄の本質がある。本書で触れられているとおり、琉球王国には中国の科挙に相当する科試(コウシ)が行われていた。その内容は、中国の四書五経を中心とした確かな教養を基盤にして、「答のないところに答を見出していく能力」がタメされるものであったという。こうして、科試に合格した少数精鋭の頭脳集団が、論理の組み立てと文書の力だけによって、周辺の大国や「宗主国」からの無理難題に曝され、西欧列強に圧倒されかねない情勢の中にある諸国・琉球のあるはずがなかった新しい道を見出し、切り開きながら歴史を進んでいったことが、本書から読みとれる。

つまり、わたしが研究対象にしている戦後米軍占領下の沖縄に生きた人びとにもこのような論理の力に「情」による「血流」を生じさせ、難しい局面を切り開く潜在的な能力が備わっていたということである。その片鱗は、調査の過程でも感じていた。史料中の人物の動きや思考、そして、聞き取りや史料収集の過程で出会う人々には、豊かな教養と穏やかな物腰のなかにも芯の強さと渡り合っていく意志のようなものが感じられた。そして、それは『テンペスト』に描かれた琉球王国時代の評定所筆者(主人公が最初に就いた役職)のそれとつながっているのではないかと、わたしは感じた。

そして、わたしは、それを“ミライ”へとつなげてゆきたいと思う。ことばを紡ぎ、文書だけで誰にも打ち負かせない論理を構築し、答のないところに答を見出していく。それを、沖縄の“ミライ”につないでいきたいと思う。

大国は、強大なエゴイストだ。それを、指摘し、批判するだけでは、それがたとえ直接的な行動をもとなったとしても歴史は変わらない。外交と内政の最前線で、ことばで新しい論理を構築しながら、交渉し、相手を立てつつ説得して、自らの有利な方に情勢を導いていった本書の主人公たちのあり方は、その歴史を変えていくための一つの方策を示しているように思う。

彼ら/彼女らの試みは結果的に明治政府による琉球の併合という結果に終わったけれど、歴史は終わっていない。本書のなかで登場する清国の宦官の気味悪さと尊大さは、現在の米国のそれに通じているように思う。同時に、琉球に心を寄せつつも自らの利害にしたがって琉球を蹂躙せざるを得なかった薩摩の侍は、同時に日本本土のある種の人物像にオーバーラップする。筆者の池上氏はそのような暗喩を用い、少年(少女)官僚の思考と行動にに仮託しながら、現状を打破し、歴史を変える試みを、本書で提起しているように思った。

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