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2008年2月3日 - 2008年2月9日

2008年2月 8日 (金)

遠く、慶良間諸島をのぞんで〜沖縄で聞く「集団自決」に関する教科書記述問題〜

その日、2007年12月26日の夕刻、首里城に立ち寄った。

前回(8月)訪れたときより、さらに「整備」が進んでいる。そして、さらに正殿裏などで工事が続いていて、重機の音が絶えずしている。しばらく歩いて、数年前に作られた展望台で、日が暮れていくのを、しばらく見つめていた。

それまでの2日、沖縄には珍しく晴天が続いていた。そこからは、那覇市街と遠くは北谷の浜から読谷の残波岬までが見通せる。那覇空港からは頻繁に飛行機が飛び立ち、低空で去っていく。また、ときおり、西から東へ演習帰りであろうか、米軍の輸送機が前田高地を越えて、普天間か嘉手納の方に降りていく。展望台登り口からは知念半島や中城湾も少しだが見えた。

展望台には、入れ替わり立ち替わり観光客が訪れて、歓声を上げている。家族ズレ、カップ裡、友人グループ。そして、外国人らしき人々も頻繁に訪れている。ほとんどは欧米系の人に見える。駐留米軍の関係者だろうか。体つきからそう推測してみる。

歓声を上げる人びとの視線の先に、慶良間諸島が、きょうもはっきり見えた。折しも、沖縄戦時の「集団自決」の教科書記述をめぐる検定について、この日、ひとつの結論が出た。

それを、わたしは携帯電話のニュース・サイトで知ったのだが、それ以外にも知る機会があった。夕方、買い物に寄ったスーパーでは、沖縄タイムスの号外が置いてあった。翌日立ち寄った沖縄県立博物館でも受付に同じ号外が置いてあった。沖縄では、こうして、情報が流布し、共有されていくのか。きっと、これを見ながら、いろいろと話が行われているのだろう。

さて、その結論は、実に中途半端なものであった。軍による「強制」は認めなかったが、「関与」の記述は復活させるというのだ。これについては、いくつもの見方がある。その後の新聞の記事にも様々な解釈がなされていた。

しかし、これは、「権力」による緻密な計算による結果ではないかと考えられないでもない。事実、これ以降、9月の11万人集会を実現させた結束は、この中途半端に見える結論で見事に分断された。つまり、その結束は、「集団自決」に際して、軍による強制があったとあくまでも考えているグループと、「軍による関与はあっただろうが、強制があったというと、日本(本土)との関係でまずいことになっては困る」というグループなどの連合体ではなかったが。だからこそ、軍による「関与」で満足した人びとと、それではとうてい承伏出来ない人びととの間に亀裂がはしり、沖縄は分断されていく。

いぜん、わたしは、ある集団に圧力をかけ続けるとその集団は分断されていく。こうして、沖縄では国家による統合と分断が同時に起こっているし、これまでも起こってきたと書いた。この現象が正に、ここで起こったのである。

しかし、現状を更に注意深く見ていくと、いろいろと興味深いことに気づかされる。その一つは、争われていることがらは今から63年近く前の沖縄戦でのことであるが、その判断や歴史的解釈には、沖縄が置かれている状況や、日本と米国が沖縄に対して行っている政治や政策が反映しているということである。大阪で岩波書店や大江健三郎を相手取って起こした裁判の原告になっている人びとは、それぞれ慶良間で軍の指揮に当たった当事者とその遺族である。彼らは、ひょっとすると単純に自分や自分の家族の名誉の回復をのみ願っているかも知れないが、その取り巻きは本島はそんなことは々でもよくて、日本人の名誉や軍の正当性を誇示したいがための集団であろう(この件については、機会があれば、別に詳論したい)。

同様に、今回の結論は、沖縄で起こっている大きな動きを統治の障碍と捉え、その動きを分担するために「権力」側が仕組んだ巧妙な仕掛けではないかと思うのだ。つまり、ここでも、歴史的な事実の問題よりも、現実の政治課題が優先され、その「集団自決」の当事者の心情よりも、現に今生きている人間とそれを統治する「権力」の論理が優先した格好ではないかと思う。

しかし、それでは、沖縄になにがしかの明るい展望はないのだろうか。それは、きっとある。そして、あるとすれば、それは、「米国や日本という国家が亡んでも、沖縄は沖縄であり続ける」と言うことなのではないかと思う。「もう、既に、沖縄は沖縄ではない」という見方もある。近代以降、あるいは、もっと遡って、琉球=沖縄、常に「らしさ」をそぎ落とされながら今日に至っているという見方もある。しかし、それでも、沖縄は沖縄であるとすれば、こうして分断され、切断されつつも、このようなできごとをくり返しつつ、それを乗り越えて、既に国としてのかたちが内分、国家というかたちにとらわれている大国よりも、ずっと長く存続し続けるのではないかということだ。

沖縄は抑圧され、分断され、周縁化されている。しかし、その一方で、そうした事態が常態化しているが故に、そのような事態をしたたかに乗り切り、且つ、主張する所をして、それを見事におさめていくようなあり方をしているのではないか。

さて、これらは、単に、わたしの仮説にしか過ぎない。そして、それを確かめに、明日から、また、沖縄に行く。そして、その後、東京と、しばらく旅が続く。

※ 以上は、昨年12月の沖縄調査の時から少しづつ書いていたもので、だから、少々つじつまが合わない所もあるが、ご容赦願いたい。

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2008年2月 7日 (木)

臭い〜『信じる気持』からはじめよう〜

人のは、その人特有の臭いがある。そして、そのような人が集団になった時も、独特の臭いが生まれる。「臭い」──それは、共通の行動や思考から来るあるに通った印象、とでも言おうか、そういうものが妙に臭ってくるものに、出くわした。

現代の異端審問」と題したそのサイトには、富田正樹『信じる気持ち はじめてのキリスト教 』(日本キリスト教団出版局、2007年)について、日本キリスト教団議長と幾人かの牧師から、同出版局に回収や、出版停止、廃版を迫る圧力が加えられたこと、そして、その本を理由に著者は依頼されていた大阪教区総会での開会説教の講壇から「引きづりおろされ」たことなどが、教団議長の私的公文書(なんのこっちゃ、教団議長)や大阪教区の常置委員会の議事録などがアップされている。

わたしは、富田氏の本を二冊程持っている(『キリスト教との出会い 新約聖書』(同出版局、2002年)と『聖書資料集 』(同、2004年) )が、肝心の『信じる気持」は持っていない。だから、これらのできごとについて議論することは出来ないのだが、みんなはこれらの資料をどのように読むのだろうか。関心がある。

また、少々違和感もあった。このサイトを主催しているのは著者の富田正樹氏自身のようだが、先の文書史料の人名はほぼすべてイニシャルであった。文書中にもあるように、お互いに言葉に(本文中では「説教に」となっているが、要するにそこで語られる言葉に命をかけていると云うことだろう)命をかけているといっているのだがから、名前を出しても何ら死傷がないのではないだろうか。現実に、それらの文書は公開されているのだし。だから、富田氏は、当該の牧師を批判しながらも、どこか、最後の一線では牧師どうし、庇い合っているような印象を受けたのは、やはり、わたしの穿ちすぎだろうか。

ともかくも、一般の信徒からすると、確かに「躓き」になる話であるが、だれがどんな発言をしたか特定することも含めて、しるべきことではないかと思う。

それから、こんなのも見つけた。このリンクは、いつまで残っているか分からないが、ここ、ヨハン早稲田キリスト教会で山北宣久・日本キリスト教団総会議長が説教をしたとのこと。これも、幸いというか、生憎というか、わたしのパソコンではどういうわけか見ることも、聞くことも出来ないのだが、どうやら、どこかでそのときの模様が見れるらしい。

現に、その教会で、信じて必死に祈る人がいるのだから、風評を鵜呑みにして同教会を一方的に「ああだ、こうだ」と決めつけることはさけなければならないが、そこで、軽いジョーク(例の「宣久、センキュー」という奴です)を飛ばしながら、喜々として説教をする山北氏の姿を思い浮かべるにつけ、わたしにはどこかから、この人の身体や人生からにじみ出てくる、ある種の「臭い」がどうしても感じられて仕方がない。

さて、『信じる気持』の気持、よく分かります。わたしもほとんどキリスト教とのいないミッションスクールで不遜にも「キリスト教学」というのを教えていて痛感します。彼女たちのほとんどは、キリスト教やキリスト教徒に偽善の臭いを感じたり、不信を抱いていたり、裏があるのではないかと感じています。そこで、どうやったらキリスト教を「信じる気持」を育むことが出来るのか。それは、並大抵のことではありません。みんな、キリスト教の話を聞こうと思って集まっている教会で、「神を信じなさい」なんていうのは、簡単なことです。ついでにいうと、信徒の大半は、自らの信仰を積極的には証すことなく、日常生活をおくっているのです。それは、なぜか。答えは簡単です。それを信じてもらうには、キリスト教の論理は役には立たず、じゃまにすらなっているからです。

だから、キリスト教の良い所も悪い所も、信徒や牧師、宣教師がしたいいことも悪いことも、公平な視点で提示し、それの判断を聞いている学生にゆだねること。そして、キリスト教の信仰をもっていることが重要なのではなく、そのような信仰をもっているかにこだわることが大事なのだということを、何度も何度も繰り返し、例を変え、表現を変えて強調するしかないのです。

さて、わたしも、他人から見ると、ずいぶん臭い人物なのでしょう。あるいは煙たい人物なのかしら。そう、自問自答してみます。

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