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2009年3月22日 (日)

歴史のリアリティ〜「宗教と社会」学会(本年6月)研究発表予告〜

このところ取り組んでいるのは、沖縄の1940年代後半。沖縄戦後、戦禍による荒廃のなか、米軍による統治がはじまった。人々は、生きることを最優先に、必死で生きていた。そんななか、沖縄のキリスト教は再出発する。その過程で生まれた「事実」をひとつひとつ発掘し、それを当時の政治的状況のなかに位置づけたいと考えている。それこそが、いま、わたしが追いかけている歴史のリアリティだ。

それで、以下の通り、学会で研究発表をします。

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戦後政治のなかの沖縄キリスト聯盟
─「新沖縄」建設をめぐる地域社会の対立と葛藤─

 発表者は、これまで主として米占領軍と沖縄のキリスト教との関係に着目して、戦後沖縄キリスト教史を捉えてきた。米軍は沖縄の軍事占領を円滑に進めるためにキリスト教を宣撫工作の一環として利用してきた。一方、沖縄のクリスチャンは、当初、米軍のチャプレン(従軍牧師)や熱心なクリスチャン兵士たちを戦後復興の同労者と考えていた。しかし、東アジアでの冷戦激化にともない占領体制そのものが変質していく過程で、沖縄教会の牧師・信徒のなかには米軍の意図に気づき、占領体制に対して異議申立の意思表示をする者もあらわれた。

 しかし、米軍との対比のみで沖縄キリスト教史を見ると、沖縄の地域社会や沖縄教会の内部にある矛盾や軋轢、また、その両者間にある緊張関係などを見過ごす恐れがある。沖縄人は、占領体制下でも、現在でも、決して「一枚岩」ではない。そこで、本報告では、1940年代後半、戦後復興めぐって沖縄住民のなかに様々な思惑が交雑している戦後政治の文脈に、沖縄のキリスト教を位置づけることで、「新沖縄」の建設を模索するなかで生じた沖縄人指導部や沖縄教会に生じた対立や亀裂、葛藤を探究していきたい。このような視座はキリスト教史研究では余り見られないものではないかと考えている。

 沖縄の戦後政治は、1945年8月15日、占領軍による沖縄諮詢会(以下「諮詢会」)の招集にはじまったことは知られている。しかし、すでに、それ以前に民間人捕虜収容所(沖縄島での戦闘の最中に米軍に保護された人々が収容された)では「市長」や「村長」の選挙(選定)が米軍も関与して行われており、その時点ですでに「政治」が生まれていたといえる。諮詢会とその後継の沖縄民政府(以下「民政府」)については議事録が公刊されている。また、諮詢会の15名の委員(幹部)のうち幾人かの手記や評伝がある。それらを見ていくと、戦後復興後と「新沖縄」の建設をめぐって、沖縄人のなかにも様々な思惑があったことがわかる。当時、「斬り込み」と称して米軍から「戦果」を挙げ、それを日本本土や台湾・中国大陸へ「密輸」する者も相次いだ。彼らにとって、戦後の混乱状況はその後の成功の足がかりとなった。また、沖縄戦でインフラや社会組織が破壊された。それゆえに、必要な情報の先取や物資の配分の権限をめぐって沖縄人のなかにも新しい「権力」や「政治」が発生する。

 この一連の政治過程では、戦後沖縄教会の中心となったいくにんかの人物の思惑が垣間見える。その者たちが中心となって結成したのが、沖縄キリスト聯盟である。1946年2月6日(「1947年1月9日」説もあり)に結成されたといわれる沖縄キリスト聯盟は、他では「沖縄キリスト教連盟」とされることもあるが、当事者たちは「キリスト教の連盟」ではなく、「救い主・キリストを頭(カシラ)とする連盟」という意味で捉えているので、報告者は「沖縄キリスト聯盟」という表記が妥当であると考えている。これに象徴されるようにこの組織については未解明の点が多くある。しかし、近年、報告者が発見した文書により、その実態が明らかになりつつある。そして、この聯盟に参加した個々の人物についても次第にその輪郭が明らかになってきている。

 本発表では、これら新資料の発見や人物像の研究の成果をふまえて、それを諮詢会・民政府の人脈・党派、政治行動と関連づけていく。そして、当時のキリスト教界の指導者たちも、「一枚岩」ではなく、現実政治のなかで対立する党派やグループにそれぞれ分かれて、それぞれの意図や思惑で活動してきたのではないかということを立証する。また、沖縄教会関係者たちは、「新沖縄」を構想めぐってそれぞれの党派・グループに別れて行動した。本報告では、そのなかでおこった対立や葛藤を実証する。

※ 第17回学術大会(大会ホームページ)
   開催日:2009年6月6日(土)、7日(日)[予定]
     場所:創価大学

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