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2009年4月30日 (木)

『波乱と激動の回想』〜松岡政保回顧録とキリスト教〜

探していた本を手に入れることができました。結局、大学図書館間の相互貸借の制度を使って琉球大学から借りることができました。最近は、図書館もネットを通してやりとりをしているそうで、先週の木曜日に申込をして、今週の月曜日には届いたそうです。

松岡政保『波乱と激動の回想─米国の沖縄統治二十五年─』(私家版、1972年)。著者よりの寄贈の印が押してありました。

一読して、いろいろなことがわかりました。松岡の戦前の歩みを読んでも、洗礼を受けたり、特定の教会に出入りしていたという記述はありませんでした。しかし、米国本土インディアナ州のトライステート大学に留学中にはYMCAを寄宿舎にしていたようです。また、それ以前にハワイにいた時には日本人の学校ではなく、亡命中の李承晩が設立した「朝鮮人学校」(「韓人寄宿学校」あるいは「 韓人中央学院」のことであろうか)に通っていたといいます。松岡によると同学校は、「当時の李承晩は四十四、五歳、米国の篤志家の庇護の下にハワイに亡命し、朝鮮独立運動をするかたわら、メソジスト教会の援助で、ホノルル市の中心部のミラー街に八年制の学校を設立して、朝鮮出身の教育をしていた」(p30)だということです。

戦前、戦中、戦後の政治過程のなかの沖縄・沖縄人とキリスト教について、そこから見えてくるのはどんな風景なのでしょうか。松岡は李承晩と面識があったのか。松岡が琉球政府の行政主席に就任した1964年には、李承晩はすでに失脚し、ハワイに亡命していた。また、1940年代、沖縄戦後の沖縄諮詢会・民政府時代の記述については、米軍の担当者の人物像がある程度明確に語られている。

ただ、諮詢会・民政府の指導者のうちに何人かのクリスチャンは教会に関係する一階たというだけでは、まだ、政治とキリスト教の関係を立証するためには根拠や蓋然性が薄い。もうひとつ考えているのはインドネシアルートだが、ともかく、占領体制の初期において、占領行政を進めるうえでキリスト教がキーポイントになっていたこと、また、占領行政に教会や沖縄人クリスチャンが果たした役割を立証するための証拠を、これから探していきたい。

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