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2009年8月23日 - 2009年8月29日

2009年8月29日 (土)

学会出席の意義

学会への出席の意義や意味は、どうやら、年代によって変化するようです。

院生の時には、日頃接することのない「先生」の研究発表を聴いたり、自分の発表に対してコメントを頂いたりすることに大きな意味があり、発見もありました。学会は大きな教育機関のようなものです。自分が何かに縛られていなければ、とても自由に学べるところです。わたしは、どこに行ってもはぐれているような、一匹の羊のようなものですから、学閥や特定のディシプリンに囚われず、割りと自由に学ぶことができました。そこで出会って、ご意見を頂いた方々を、わたしはこころのなかで勝手に「先生」だと思っていました。今でも。

それから、院生同士の仲間作りも重要です。わたしは人見知りで、人付き合いが上手な方ではないのですが、自分なりに一生懸命研究して、その成果を発表すると、先ほどの「先生」ばかりではなく、同じ院生から声をかけられて、その後連絡を取るようにもなりました。これも、学問的なシガラミのないわたしだったので、いくにんかの大切な「仲間」ができました。

しかし、職を得て参加する学会は、違う意味を持ち始めています。

まず、先述の「先生」と「学生」との関係ですが、いまでは自分が勝手に「先生」の視点で院生の発表を見守っています。求められなければ余計なことはいいません。でも、見ず知らずの院生の発表をハラハラしながら見たり、イライラしたり、感心しながら拝見しています。

そして、「仲間」との関係ですが、最近は既に「先生」になっている人との出会いもあります。長く研究を続けて、ある分野に強い関心を持ち続けていると、学会の場にいるたいていの研究者同士は直接的間接的になんらかの関係があるものです。つまり、お互いの知り合いをたどっていけばどこかで共通の知人に出会います。これは、研究者のセカイが狭いのではなく、広いからだと思うのです。わたしの「志」は世界につながっています。

さて、今回の学会でも何人かの研究者に新たに出会うことができました。その方々も含めた「仲間」たちと話しあったことはいろいろあります。もちろん、自分や相手の研究のこともお互いに話しました。これは研究者同士の自己紹介のようなものです。

それから、お互いの大学のことについてもたくさん話しました。その中心は、講義や学生への接し方です。研究者は、職場では教育者もあるわけです。大学の教員は教員免許をもっていません。教育実習とかもありません。誰しも、いきなり院生の身分から何の事前教育もなく学生たちの「先生」になるのです。だから、悩みも尽きません。その悩みや問題、そして、時には愚痴を、ランチタイムや夕方の懇親会、そして、二次会の席で延々と話をするのです。自分の体験談を話し、あるいは、相手の課題にいろいろな角度からアドバイスをしていきます。

学会に出席する一義的な意味は、自分の研究を研究者や院生を前に発表し、自分の実力を試すことです。しかし、学会に遅刻し、自分の発表をして、そのまま早退するだけでは、学会に出席することの価値が、半減してしまうと思うのです。

そんなこんなで、勤務先での悩みや愚痴は、具体的には公開できませんが、その意味でも、とてもみのりの多い学会です。

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