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2009年11月15日 - 2009年11月21日

2009年11月18日 (水)

キリスト教(特にプロテスタント)の排他性〜寛容で協調的なキリスト教は存在するか〜

民主党の小沢一郎幹事長が、先日の仏教関係者との会談で、「キリスト教は排他的」と述べたとのことである。実際には、キリスト教だけではなく、イスラム教も排他的であると述べたという。この件に関して、記事の最後は「キリスト教やイスラム教に対する強い批判は、今後、波紋を広げる可能性もある」とあるが、この記事を読んで、反発するキリスト教関係者もいるだろうが、内心その通りだと思っている関係者もいると思う。

実は、わたしも、キリスト教はだいぶん排他的な宗教で、その排他性を売り物にしてこれまで日本で伝道してきているのではないかと思う。先の小沢氏の発言は無論キリスト教やイスラム教の内実を知った上での発言ではなく、仏教の寛容性を強調したものだろう。その仏教は寛容かといえば、それはすべてそうとは言えないが、頷ける側面もある。だから、少なくともキリスト教は世間様から排他的と見られているということを、キリスト教関係者は肝に銘じるべきであろう。

さて、そのキリスト教の排他性であるが、それは、「外部」に対する排他性だけではない。キリスト教、特にプロテスタントでは、他教派や教派内の対立するものどうしは相当対立しており、互いに排他的でもある。その排他性が、宗教としての伝道活力にもつながってるのだろうが、しかし、この問題は相当深刻でもある。その対立や排他性に関するいくつかの例をあげて、それでも、協調的で寛容なキリスト教のあり方を模索したい。

まず、「プロテスタント日本伝道150周年」をめぐる問題である。わたしの理解では、「日本」のプロテスタント伝道は、欧米の宣教師たちが、ベッテルハイム等による琉球伝道を足がかりに、今から150年前に横浜・長崎に上陸したことするという、琉球伝道と日本本土伝道が連結された“一連”の出来事により開始されたと思われる。そして、日本でのプロテスタントの本格的伝道はそれから数十年を待たなければならなかった、ともいえる。

しかし、プロテスタントの内部にはこうした琉球におけるベッテルハイムの伝道を認識しつつも、頑なに横浜伝道150周年が「日本伝道150周年」であると主張しつづける人びとがいる。この件については、以前にも批判的に述べた。重ねていうが、わたしはこの人たちの排他性が気になってしかたがない。彼らの排他性の刃は、明らかにキリスト教、プロテスタント、そして、日本キリスト教団の内部に向かっている。

そして、最近になって、ベッテルハイムが離琉したあと、ベッテルハイムが沖縄社会でどのように表象されてきたかを調べている。実際には、文献史料は乏しいわけだが、それでも、戦前から少なくとも以下の5回にわたってベッテルハイムに関する記念行事が開催されている。

  (1) 19265月:「博士ベッテルハイム渡来満八拾年記念伝道講演会」「博士ベッテルハイム渡来満八拾年記念礼拝」(5/2)「ベッテルハイム渡来八十年記念運動」(5/18-20)

  (2) 19375月:「ベッテルハイム来島90周年記念式典」と関連行事。ベッテルハイ ムの孫・ベス・プラット夫人来沖。

  (3) 19549月:「ベッテルハイム百年祭行事」:1)頌徳碑修復(琉球政府文教局)2)ベッテルハイムに関するパンフレット出版、3)頌徳記念碑除幕式(9/1)4)「ベッテルハイム百年記念式典並講演会」(9/1)

 (4) 19665月:「ベッテルハイム師沖縄上陸百二十年記念式」(5/3)

 (5) 19965月:「ベッテルハイム来沖15096おきなわ 聖書展」:聖書展・ミニ講演会・特別講演会・ビデオ上映(5/8-13)

そして、特に(1)(3)では沖縄の政界や医師会などを中心にキリスト教徒ではない市民が多数参加している。(2)では、護国寺の名幸芳章住職外2名の仏教関係者の名前も見える。本土復帰後開催された(5)では、本土やカトリック関係から招いた講演者による連続講演会が、教会施設ではなく、複合商業施設で市民に公開された。

こうした、公開性や開放性、エキュメニカルを越えた、宗教の枠を越えたつながりは、「閉鎖的」の対極にあるのではないか。

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