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2010年5月2日 - 2010年5月8日

2010年5月 6日 (木)

キリスト教と政治〜沖縄の戦後の場合〜

さて、もう一本論文を書いた。といっても、すでに去年の8月には原型はできていて、その後の調査でわかったことなどを付け加えただけだが。題名は「軍事占領下における地域形成とキリスト教─1940年代後半の沖縄を事例に─」で、『日本の神学』(第49号、日本基督教学会)という学会誌に掲載されり。

沖縄戦後、1940年代後半の沖縄キリスト教史は何度目かの書き直しだ。なぜなら、書いても書いても、新しい文献史料が「発見」されるからだ。今回もそうだったが、その一番の特徴はキリスト教徒ではない個人や非キリスト教系団体が残した文書を分析し、そこから当該期の沖縄の地域形成や政治過程とキリスト教の関わりを問うたことだ。

これまでも、沖縄諮詢会や沖縄民政府のなかにキリスト教の指導者がいて、それがキリスト教の伝道を助けたことは知られていた。しかし、よく調べていると戦後沖縄の最初の政党的団体といわれる「沖縄建設懇話会」には仲里朝章が参加していたし、その後の沖縄民主同盟では池宮克賢(那覇中央教会会員、後に沖縄キリスト教会書記)や照屋寛範(後、沖縄バプテスト連盟)等が参加している。1950年に八重山群島知事となった安里積千代は戦前品川のホーリネス系の教会に通っていた。同時期に、同じ教会に通っていた、安里と同郷(慶良間諸島)の宮平秀昌は戦前・戦中・戦後とインドネシアに伝道し、戦後の一時期はインドネシア国軍の一員として独立運動にも参加した。そして、宮平は1947年12月20日に東京で「沖縄人キリスト教団」を設立している。この初耳の「教団」の実態は今は定かではないが、本土でも沖縄のキリスト教の足跡がみられる。

「キリスト教と政治」というテーマは、これまでのような定式化され硬直化した問題だけではないと思っている。それは、もっとリアルで、多様なものなのだと思う。そして、それらを追っていると沖縄のキリスト教の広がりと可能性が見えてくる。

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