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2010年6月24日 (木)

「美しいことば」と「ありふれたことば」………〜「変えてゆく」をめぐる名嘉司央里さんと平良修さんのことば〜

1945年から数えて65年。昨日は、65年目の沖縄戦慰霊の日であった。追悼式では菅直人首相も出席し、「あいさつ(「菅首相2010沖縄全戦没者追悼式あい さつ」)」をした。そこで、首相は「いまだに沖縄には米軍基地が集中し大きな負担をお願いしている。全国民を代表しておわびを申し上げる。負担がアジア太平洋地域の平和と安定につながってき たことについて率直にお礼の気持ちもあらわさせていただく。今後、米軍基地にかかわる負担軽減と危険性の除去に一層真剣に取り組む」と述べたという。

「平和と安定」、そして、「お礼の気持ち」は美しいことばだけれど、それはおぞましい現実を隠蔽していることに他ならない。菅首相は「あいさつ」の後半で「東アジア平和と繁栄」ということばをつかっているが、実は同じ表現に行き当たった。それは、日米安全保障条約改定50年を記念して米国の下院で行われた沖縄等の在日米軍基地の感謝決議(「沖 縄 米下院:「沖縄に感謝」決議 安保50年で、近く上院も )である。

「平和」も「繁栄」も美しいことばだけれど、いずれも古来より戦争の口実になってきた。そして、それはいまでも変わらぬ。この美しいことばの政治的文脈とは対局のことばに、実はきのうはであった。同じ追悼式で本人により朗読された名嘉司央里(沖縄県立普天間高校3年)さんの「平和の詩」である(「沖縄慰霊の日 平和の詩全文」)。

名嘉さんは基地があり、戦争や危険と隣り合わせの日常生活が「当たり前」になりかけている現実と正面から向きあった。名嘉さんはその「あたりまえの現実」からふと感じた「違和感」を凝視することで、「忘れてはならない」、「変えてゆこう 平和で塗りつぶしていこう」と呼びかける。この「変えてゆこう」という名嘉さんのことばで思い出したことばがある。それは、1966年11月2日に行われた新たに赴任したアンガー高等弁務官就任式における平良修さん(当時、沖縄キリスト教短期大学学長)による祈禱であった。

この祈禱で有名になったのは、「新高等弁務官が最後の高等弁務官となり、沖縄が本来の正常な状態に回復されますように、切に祈ります」の下りだが、わたしの印象に残っているのは、この祈禱の後半、以下のことばであった。

神よ、高等弁務官を含む私共すべての者に、変えることの出来ないものをばそれを謙虚に受け入れることのできる力をお与えください。また変えることの出来るものを変えなければならいものをば、敢然と変えていくことの出来る勇気をお与え下さい。何よりも、これら二つのものを正しく見極めることに出来るさとい知恵をお与え下さい(沖縄キリスト教団機関誌『道しるべ』1966年12月号)。

この祈禱は当時の沖縄社会に大反響を呼んだ。平良さんはこの祈禱のわたしが指摘した部分について次のようにいっている。

『祈り』の波紋と私の心境 アンガー弁務官の就任式で

強者の施政を正す 祖国復帰を心から望む

平良 修

…(前略)…


最後の「変えることのできないものをば…」は米国の著名な神学者ラインホルト・ニーバーの祈りからの引用です。常日ごろの祈りを友としている私は、この祈りこそあの式典において祈らなければならないもっとも真実、かつ現実的な叫びだと確信しました。

 「血は争えない。変えることのできないものの一つ」と沖縄タイムスの寸評寸描欄にありましたが、私にとって「変えることのできないもの」とは、まず、なによりも、民族の血のつながりの問題よりも、神が高等弁務官でも、またわたしたちでもなく神こそが真の権威者であるという、この真理性でした。しかも、その神が小さい者の足を洗うという権威のあり方の真理性でした。私は、なによりも、このことを、キリスト教徒である高等弁務官に新たに「信仰告白」していただきたいと祈りました。

 また私たちすべての者にとっても、それが主体的な真理であってほしいとの祈りを込めました。なぜならば、すべての「人間にとって真に良いこと」「沖縄にとって真に建設的なこと」は、この真理の認識から始まると確信したからです。真理を真理として謙虚に受けとめることなしに、どうして変えねばならないものを変えていく決断ができているでしょうか。神を神とすることなしに、どうして人間を正しく人間とすることができるでしょうか。私はこの深みから単なる政治論、民族論からではなく高等弁務官に沖縄のナマの声、平和と祖国復帰への叫びを聞いてほしかったのです。

 多方面から反響がありました。ある教会の仲間は、あれでもなお「ふじゅうぶんだ」といい、ある協会員は「高等弁務官就任式の祈りを引き受けることが、そもそも間違っている。断るべきだった」ときびしく批判してきました。しかし、私はそうは思いません。高等弁務官として沖縄住民の人権を尊重させ給えと祈るならば、高等弁務官の人権をも尊重して神の祝福を祈るべきです。沖縄で最高の権力と責任を負う人だけに、軍事下民政の矛盾にいちばん悩む人に違いないのです。最高の強者であるかに見えて、彼こそ同時にいちばん弱いアシなのかも知れないのです。この強者の施政を正し、この弱者の重荷をともに負うために、こういう人のためにこそ教会の神の尊きを祈らなければなりません。教会のなかに、この種の祈りの少ないことが、そもそも問題なのだと思わされます。

 高等弁務官の就任式で沖縄の牧師が祈るという習慣はだれの発案でいつごろ始まったのか知りませんが、考えようによっては、ずいぶん酷な役目だと思います。私は私の祈りが引き起こすかも知れないさまざまな結果を予想して、内心重苦しい複雑な気持ちでした。しかし祖国復帰は神の切なる祈りです。また、沖縄の激しい祈りでもあります。それを祈ることが許されないくらい〔なら〕民政府からの依頼は引き受けなかったでしょう。ですから私は信ずるところ、心からねがうところを、沖縄が当然そうならなければならない姿への回復を端的に祈りました。この当たり前のことが、これほど反響を呼ぶとは、なんとも悲しくもゆがんだ沖縄の現実でしょう!このゆがみは正されなければなりません。そのために、私は、神と人の前で公表されたあの祈りに忠実でありたいとねがっております。祈りをアーメン(まことに)という言葉で締めくくったからには。(沖縄キリスト教学院短大学長)

(『琉球新報』1966年11月19日)

このニーバーのことばと名嘉さんのことばが重なった。「変えてゆく」というのは、決して美しいことばではない。むしろ、ありふれたことばでさえある。しかし、先の政治家たちの「美しいことば」は醜い現実を隠蔽することばであるのに対比して、このありふれたことばは、名嘉さんにとっては覚醒を、平良さんにとっては勇気と行動を意味している。

さて、わたしたちのことばは、この日、この時に発するわたしたちのことばはどうあるべきだろうか。

 

 

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