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2010年7月4日 - 2010年7月10日

2010年7月10日 (土)

わたしたちの課題に「普天間」を。そして、再び争点に据えよ!

わたしは、「普天間」を忘れない。

沖縄で調査をはじめたころ、宜野湾のセミナーハウスのなかにある沖縄教区の資料室に通い詰めていた。膨大な、そして、未整理ではないが、系統立てて整理されてもおらず、全体像も定かではない史料群を前にして、来る日も来る日もデータベースを作っていた。資料室は4階にあったが、くたびれ果てて、手を止めて、窓越しにみた白い雲は輝いていてとても美しかった。

そして、しばらくして気が付いたが、近くにある普天間基地からは、朝夕、毎日決まった時間にヘリコプターが飛び立ち、そして、帰って行く。日曜日は資料室に行かなかったが、どうも土曜日は基地も休日であったらしい。それから、曇や雨の日にヘリの爆音がとても大きく聞こええたのは、雲の反射ではなく、それが低空飛行をしていたのだろう。その時には、資料室の窓が、ビリビリと震えた。

それから、2004年8月13日の金曜日に起こった沖縄国際大学へのヘリ墜落事件の数日後、友人に現場に案内されたときの、光景と臭い。それは、いまだに忘れがたい。また、同じ頃、聞き取り調査にうかがった普天間バプテスト教会ランドール牧師から事件直後に沖国大に駆けつけたときのことをうかがった。そして、その生々しさと、米軍の卑劣さに、胸がつまった。

あれから6年。わたしは、「普天間」を忘れない。

先日、このブログで、普天間基地問題で迷走していた鳩山由紀夫前総理を皮肉混じりにはげましたことがあったが、それは、彼や民主党が右往左往している限り、わたしたち国民が「普天間」のことを忘れられないからであった。しかし、新しい総理は、その争点を見事にそらしてしまった。

しかし、わたしは、「普天間」を忘れられない。

だから、決めなければならない。明日、わたしはどうするべきか。闘いは、沖縄ではずっと続いている。普天間でも、宜野湾でも、辺野古でも。それでもなお、闘いは、まだ始まったばかりであるのは、わたしたちの責任である。

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2010年7月 5日 (月)

「彼」は、消火器で、なにを消そうとしたのか。〜教会は、告発する。〜

誰にでも、すべてを打ち毀したいという憤怒の情はある。そして、かなえられない望みほど、焦燥感を募らせるものはない。裏切りは信頼がなければ生まれ得ず、その信頼が厚ければ厚いほど裏切られたときの心の傷は深くなる。

さて、この憤怒の情は、彼をしてどのように発露して、そして、教会を襲撃せしめたのか。消火器に象徴的な意味があるのだろうかとも思ってみるが、いずれも想像の域を出ない。

「教会を衝撃した者は、犯罪者だ」と、マスコミだけではなく、教会でもささやいていることだろう。しかし、宗教は、絶えず反社会性や、破滅へいたるエネル ギーなどに接近していて、死にたいと思う者や殺したいと憎む者が宗教者の元にやってくる。そして、宗教はそのような者たちに救いや癒しの道を示し、説く一 方で、そのようなネガティブな感情を活力源にして勢力を伸張させてきたのではなかったか。したがって、「彼」はそうしたひとのひとりにしか過ぎない。

それから、「犯人逮捕」の報道をみていて、ふと頭に浮かんだ聖書の一節があった。クリスチャンなら誰でも思い当たるイエス・キリストによる「宮潔め」の出来事である(マタイ 21.12-17、マルコ 11.15-28、ルカ 19.45-48、ヨハネ 2 13-22)。

イエスは、エルサレムの神殿から証人を暴力的に追い出して、次のように言ったといわれる(マルコ 11.17)。

 『わたしの家は、すべての国のひとの
    祈りの家と呼ばれるべきである。』
 ところが、あなたたちは
    それを強盗の巣にしてしまった。

と。

それにしても、「彼」は、ひとりのイエス・キリストではなかったか。時代を反映した憤怒をかかえ、それを自らの内部に抑圧せずに、率直に放出させ、牧師や教会、そして、すべてのクリスチャンになにかを知らせようとしたひとりイエス・キリストではなかったか。消火器で………、というのは今日の教会が「彼」的な人びとをまったく救済できず、「強盗の巣」と化している。「彼」にはそう見えたのだろうか。

さて、この物語は、このあとどうなったのか。「マルコによる福音書」には「祭司長たちや律法学者たちはこれを聞いて、イエスをどのようにして殺そうかと謀った」とある。祭司長や律法学者たちといった当時のユダヤ社会に指導者は、こうして暴力的に神殿を襲撃するイエス・キリストに対して民衆が喝采をするのに、恐怖したのだという。

このイエスひとりに恐怖する祭司長や律法学者たちは、今日、誰であろう。襲撃された70いくつの教会の牧師(あるいは、役員会か)の告発があって、「彼」は犯罪者となった。当初は襲撃されても警察に告発しなかった教会が多数あるのではという憶測も流れた。しかし、どうやら、「彼」が残した襲撃記録によると、襲撃された教会はほとんどすべて「彼」を告発した。つまり、「彼」を罪に問うて、処刑してくれるようにローマに告発しようとしたひとびとと、なにが違っているのだろうか。

罪に問われるべきは自らでっあて、潔められるべきは我が神殿である。

このような謙虚さと敬虔さを、今日のキリスト教会は持ち得ていないのではないか。だから、襲撃され、そして、それを公に告発ししていく宗教者と宗教信仰者の行為が、ひとりの人間を決して復活することのない社会的な「死」へと追いやっていくのだ。

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