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2010年8月15日 - 2010年8月21日

2010年8月18日 (水)

宮古島のキリスト教:予備調査

その人は、紺のジーンズに白衣を着て静かにあらわれた。今年、90歳になられたというのに、軽い足取りであった。また、口調は穏やかで、凜とした品格が感じられた。

今回の沖縄島での調査の最終日に、戦後宮古島のキリスト教について語るのに欠かせないキーマンの方に那覇市郊外・南風原町新川のある病院でインタビューを行った。インタビューをした方のお名前や内容については、また後日、整理して論文に発表したいと考えている。

約2時間のインタビューを終え、病院の職員食堂でお昼を頂き、病院を持した。

その後、バスで県立図書館に向かい、最後の文献調査。沖縄県民の、目下、最大の関心事、興南高校戦があるので、図書館は人影もまばら。図書館を出る頃には、どうやら勝ったという事を確認し、空港へ。

実り多い調査であった。

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2010年8月15日 (日)

「靖国解体」と「米軍基地解体」

きょう、8月15日。「敗戦記念日」、または、「戦闘終結の日(ただし、一部戦闘継続中)」。世界の第二次世界大戦集結の日が8月15日でないことは数年前のこのブログで触れたが、近年それは常識となりつつある。

さて、そんな「終戦記念日」だが、東京・九段のバカでかい神社やその近くの千鳥ヶ淵戦没者墓園では今年も様座などラマがあったことだろう。バカでかい神社では「靖国解体」を叫んだ若者が、無許可でもとかで、逮捕されたという。気持ちはわかります。わたしもできればそうしたい。「あなた」はそれを実行に移しただけ、偉大です。どうか、完黙、頑張って下さい。

で、沖縄だけど。いろんなところでこの日のことを触れているし(教会の説教でも)、令の甲子園の黙祷は、今年は興南vs.明徳の最中だった。しかし、ぴんと来ないみたい。きょうの『琉球新報』の1面トップ記事は「空襲被害者 国家賠償求め全国組織」だ。そう、戦争の時に国家に協力しながら虚しく死んでいったのは、靖国に祭られている「英霊」だけではない。全国の空襲の被害者たちも、軍需工場や建物疎開作業などで国家のために働いていた(働かされていたい──かもしれないが)。それを、国家は切り捨てて、元軍人ばかりを厚遇する。そして、「靖国」は、民間人でもひめゆり部隊の女子学生や樺太・真岡郵便局の電話交換手など象徴的な人びとだけを祭るという、極めて恣意的で政治的な追悼施設だ。

このような体質は、なかなか沖縄の米軍基地を解体できない国家・政府が基地の周辺住民の苦痛を理解し、それを本気で償い、謝罪できない姿勢と共通しているだろう。「靖国解体」を実行したからと行って、「米軍基地解体」ができるわけではない。しかし、逆に、「靖国解体」も実行できない政府、あるいは、国民に「米軍基地解体」はできないともいえる。

もし、「靖国」がなくなっても、わたしたちは日本人でいられます。そして、もし沖縄の米軍基地がなくなっても、日本は日本のままです。

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