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2010年8月22日 - 2010年8月28日

2010年8月28日 (土)

距離「感」の相似形〜八重山・宮古フィールドワークの総括〜

本土と沖縄には物理的距離がある。そして、その物理的距離は心理的な距離感にもつながっている。石垣島について、色々な方にお話をうかがって、ここにはここで相似形の距離感が存在することを知った。また、宮古島に移って史料をみたり、話をうかがったり、体感したりして、宮古には宮古の、つまり、宮古と沖縄島、宮古と本土に相似形や類似の距離感があり、宮古と石垣の独特の距離感があるのを実感した次第です。

沖縄キリスト教史といいながら、実際には「沖縄」キリスト教史でしかいないことは、前々から自覚はしていました。前々回の石垣島の調査で複数の方から「日本から来られたのですか?」といわれたことに軽いショックを受け、那覇で乗ったタクシーの宮古島出身である運転手の演説「宮古は沖縄ではない」(30分にわたる)で眼を啓かれた。そう。宮古や八重山は「沖縄」ではない。そして、沖縄島だけで沖縄を代表させてはならない。

それと同時に、沖縄・八重山・宮古のそれぞれの地域、それぞれの教会はその外部の日本や米国、そして、台湾などの諸国家・諸地域と複雑な関係を構築してきた。そして、その関係は歴史的に変容してきたと言える。それを、細やかに、慎重に、なるべく正確に描くことが、これからの課題である。

さて、約1週間にわたる八重山・宮古フィールドワークが終了した。上記はそれの総括である。

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2010年8月22日 (日)

朝から諸空港は大変です。〜関西空港→那覇空港→石垣空港〜

 

朝、9時、関西空港発沖縄那覇行きの飛行機に乗る。沖縄は、きょうから旧盆。ということで、昨日甲子園で興南高校を応援したひとたちは、昨日のうちに帰ったひともいるだろうが、帰れなかったひとは今朝の便になったのだろう。そんな感じのひとが多数いた。

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昼前に那覇空港に到着。前回同様、沖縄には珍しく晴天。石垣行きの便に乗り換えるので、ロビーで待機。写真は出口行きの方向。ちょうど免税店の前あたり。優勝の喜びの余韻に浸る。

入れ替わりに沖縄から帰る人たちとすれ違う。興南高校優勝で沸騰する沖縄を体感した幸せな人たちだ。




 

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ロビーの売店で、『沖縄タイムス』と『琉球新報』をゲットした。両紙とも平積みになっていて、売り切れ寸前だった。

そして、両紙とも第一面と最終面ブチ抜きで興南高校の優勝を報じている。真ん中のページも、2ページがひとつの紙面になっていた。



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昼過ぎに、石垣空港着。

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コンビニで『八重山日報』と『八重山毎日新聞』を買った。『日報』は、わたしが買って売り切れ。沖縄島で買った二紙より報道が小さいように思うが、元々それらよりもページ数が少ないので、こうなっているのだろうか。『日報』は4面構成。

そして、『日報』国吉大陸・大将選手、慶田城開選手のおじいさん(石垣在住。慶田城選手のおじいさんは母方・父方とお二人)の記事が載っていた。













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ホテルにチェックインしてから、沖縄県立図書館八重山分館で下調べ。いくつか気になる文書を発見。その後、平真教会で小倉牧師夫妻から聞き取り調査。

夕暮れの空を見上げると、湧き上がる雲が白い山脈のように迫っていて、一瞬恐怖感を抱いてしまった。

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