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2010年2月21日 - 2010年2月27日

2010年2月25日 (木)

「一国伝道史」から「キリスト教交流史」へー沖縄を起点にー

※ 来たる2010年 3月 6日(土)14:00から「キリスト教史学会 西日本部会」が開催され、わたしは表記の題で研究発表を行います。場所は、関西学院大学 大阪梅田キャンパス 1404教室です(偶然ですが、全く同じ日に同じキャンパス、同じ時間帯に「宗教と社会」学会の関西地区大会が開催されます)。以下は、そこで発表しようと思っている内容です。

興味のある方は、お越し下さい。

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「一国伝道史」から「キリスト教交流史」へー沖縄を起点にー

日本のキリスト教史は基本的に「一国伝道史」としてかかれてきた。もちろん、キリスト教は日本にとって「外教」であるから、その「前史」として欧米のキリスト教国との関わりが言及されることはある。しかし、その後は、新たな宣教師による伝来と布教活動については、それを「受容」し、いかに「消化」するかという視座をもって日本キリスト教史の記述が行われてきた。

そこには、宣教師と日本人伝道者・信徒の「交流」において、後者が変わり、変えられたという視点はあっても、前者、すなわち、宣教師が日本人の信仰によって変えられ、変わっていくような問題意識は希薄であるといえるだろう。

また、近年キリスト教史学会等でも近代以降の日本の海外進出、植民地支配・経営と歩調を合わせて、日本人キリスト者による海外伝道を課題とした研究発表が散見されるようになった。しかし、そのような研究は未だに個人的な営為にとどまっており、学問研究・フィールドワークのひとつのジャンルを形成しているわけではない。

このような事情は、わたしが取り組んでいる戦後沖縄キリスト教史、そして、その延長として夢想している琉球・沖縄キリスト教史、東アジア・キリスト教交流史等々でも同様である。

念のため、誤解のないように記しておくが、わたしは「一国伝道史」が無意味であるとか、時代遅れと主張しているわけではない。従来から行われている日本キリスト教史では、とくに日本各地への地域伝道(“地方”伝道ではなくて)史研究に深化による新史料の発見等が現在でもあり、そのことによって日本キリスト教史がいかに豊かになっており、今後もそれが期待できるかはよく承知している。

その上で、わたしが「キリスト教交流史」なるものに期待するのは、「エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地の果てまで」(使徒、1-8)伝わったキリスト教の実体とその歴史的意味であり、キリストの教えによってによって養われ、育まれてきた信仰の実体である。そこには、それぞれの国家・地域にある在来の宗教や基層文化とキリスト教との摩擦・軋轢、あるいは、融合や感化かといった現象の究明が含まれる。そして、それと同時に国家や地域を越えた人々の営為や戦争や侵略、植民地支配や軍事占領などによる人々のダイナミックな「交流」の際に各地、各国各人のキリスト教、教会、信徒、伝道者等への関わりが、非キリスト者との交流も含めて明らかになってくるのではないかと考えている。

さて、わたしがこのような着想を得たのは、昨年の「プロテスタント日本伝道150周年」の際のさまざまなやりとりを眺めていたときであった。この「150周年」の記念行事を推進された方々の歴史認識は、わたしがここでいわんとしている「一国伝道史」を体現したものに他ならないと考える。つまり、日本のプロテスタント伝道の起点を1859年の長崎・横浜への宣教師の来日に求めて、そこに今日の我が国プロテスタント教会のルーツを見出そうとする歴史の認識である。

そのような歴史認識は、特に戦後発展してきた「日本プロテスタントキリスト教史」、もしくは、「教会史」の通説的な理解の仕方であるといえる。しかし、それが、我が国周辺も含めた国家・地域のキリスト教会、信徒、牧師棟が向き合ってきた歴史的現実であるかといえば、そうではない。それは、ちょうど、「日本史」と「地域史」、あるいは、マイノリティの歴史等々との関係と似ている。

教科書に書かれた「日本史」に我が国の歴史は「代表」されるけれども、実際に、この国家の周縁部分(必ずしも地理的な意味ばかりではない。民族や性差、身分などの点での周縁も含む)では、書かれた正史としての「日本史」とはまた違った歴史的現実があり、その現実を姿勢の人びとは生きてきたのである。キリスト教会も、教派・教団の中心部にいる欧米人宣教師や有力牧師・信徒の存在する空間にあるものとは違った歴史的現実を生きてきたし、そこで信仰を守ってきたのである。

わたしは、このようなことをふまえて、中央の教団・教派がキリスト教史、ある配、教科史の歴史の主体としてあって、地域の教会はそれからか指導され、伝道される客体として位置づけていくことの問題性を「地方伝道史観」と名付けて批判してきた。「キリスト教交流史」とはそのような批判の延長上にあり、先人たちが多くの困難を克服し、打ち立ててきた「近代日本プロテスタント・キリスト教史」について、それらの成果を認めた上で、教界や国家・地域の周縁部分で新しく発見された歴史的事実を加味して、歴史の再構築をする試みのことである。

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