« 2011年5月8日 - 2011年5月14日 | トップページ | 2011年6月12日 - 2011年6月18日 »

2011年6月5日 - 2011年6月11日

2011年6月11日 (土)

やはり、わたしは、「地の果て」に目が向く、足が向く。

北大での学会(「宗教と社会」学会。来年20周年だそうです。来年の会場は“ハウステンボス附属”ナガサキ国際大学だそうです)がおわりました。ちなみに、40台最後の学会発表。結局、時計台も、大通公園も行かず。駅前のホテルと会場を往復しただけでした。

今年は、個人的にも、また、学会的にも大きな問題を抱えた大会でした。1日目の終了前には宗教団体・宗教者による東日本大震災支援のネットワークづくりの現状報告がありました。2日目の午後には「統一協会(統一教会)」についてのテーマセッションがあったりしました。

わたしの発表は2日目の冒頭。

島嶼地域におけるキリスト教受容の交流史的研究
  ─近代以降の沖縄・八重山地域を事例に─

でした。

わたしの視線は「地の果て」に向き、やがて、その「地の果て」から中央を眺めています。

「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」(使徒 1-8)

ペンテコステとリヴァイヴァルの結果として「地の果て」までキリスト教が伝わることを望むクリスチャンは多く、そのことを「偉業」として讃える信徒もたくさんいます。研究者も然り。しかし、その「地の果て」の教会にこだわり、「地の果て」に伝わったキリスト教がその後どうなったか。それを気にするクリスチャンは余りおらず、そのことを追究しようとした研究者もほとんどいません。

それをやろうと決意して、もう20年以上が経ちました。最初は、岡山の高梁地域、そして、沖縄島のキリスト教史。これからは、八重山や宮古、奄美のキリスト教史と、さらに辺境へ関心が移りつつあります。

それら「地の果て」の教会について、丹念に事実を掘り起こしていくと、実に興味深い事実に行きあたります。八重山のキリスト教史は、とても豊かな歴史でした。それは、日本の地方のキリスト教史と遜色のないもので、沖縄島のキリスト教史とはまた性質の違った歴史でした。「地の果て」では、そう、キリスト者の集団は小さなものでしかありません。そのため、キリスト者ではない人びとや教会とは関係のない団体と協調し、協力していかなければその論律さえ危うい事態になります。そうやって、寛容さや柔軟性が身についていくのだろうと思います。

さて、現在の日本のキリスト教に、そのような柔軟性や寛容さがあるでしょうか。また、日本の宗教界に、それらが豊かにあるでしょうか。もし、それらが失われているのであれば、それは、宗教家、信仰者、そして、研究者の傲慢でしかないと感じました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年5月8日 - 2011年5月14日 | トップページ | 2011年6月12日 - 2011年6月18日 »