« 2011年9月4日 - 2011年9月10日 | トップページ | 2011年9月18日 - 2011年9月24日 »

2011年9月11日 - 2011年9月17日

2011年9月11日 (日)

情景をことばに、ことばを思想にするまでに〜「被災の神学」なんて…〜

いま、仙台にいます。きょうは、一日、被災地を回りました。松島、女川漁港、石巻の門脇小学校や日和山、野蒜、塩竃市街、七ヶ浜………。いろいろなものを見て、ひとの話を聞いて、だくさん考え、課題を見つけることが出来ましたが、それをことばにするのは更に時間がかかることを痛感しました。その先に、紡いだことばを思想や神学にすることはかなり容易なことではありません。

時間をかければいいというものではありません。しかし、わたしたちは16年以上までの阪神大震災の神学や哲学をつくり出すことができたでしょうか。先日の日本基督教学会の研究発表を聞いていてひっかかりを覚えたのはそれに関することでした。

こんな大変なときにのんきに「○○」かよ。と思いつつ、一方では、「神学者や聖職者は今回の東日本大震災と原発事故について一刻も早く自らの神学を語るべきだ」というアジテーションのような発表については、それが学術研究の水準とはほど遠いものであったこともあって、そんなに早く神学なんて出来ないだろうと思ったり、そもそも神学者や牧師のそんなことを期待しても無駄だろうと思ったりして、結構こころが掻き乱されました。

先の震災をその場で体験した仙台在住のある高名な神学者は、「神という作業仮説」を放棄するという宣言をされましたが、その方の方が研究者として、人間としてよっぽど誠実に感じられます。わたしは、いままでここにも、また、他にも書いたと思いますが、阪神大震災のあと、信仰を失いました。そして、それがいまだに充分に回復されていません。

被災地を回ってみると、ちょうど半年前のことだったのですが、いまだにここに何かが残っていたり、何もかもなくなってしまったという事実を示す「大きなマイナスのゼロ」が確認できたりしました。被災地を太陽が焼き、そして、風が渡ります。それにともなって、海のそれと混じった被災地の臭いがただよってきます。

わたしたちは、阪神大震災の被災地を思い出しながら、今回の被災地のごく一部を歩きました。いくつもの質問を地元の方にしました。直接被災された方でも、知らないこと、わからないことはたくさんあります。それは、当たり前のことです。私のなかの阪神大震災の体験はその全体の体験ではないことを知っています。そのような方々と、安全だろうと思った丘に立って、そこに津波の痕跡を発見して、お互いに凍り付いたりしています。

そんな状態なのですが、早急に神学の表明など出来るわけもありません。でも、時間をかければ、状況はどんどん変化し、記憶は風化しはじめます。そのなかで、苦しみながら、泣きながら、右往左往しながら、ひょっとしたら「被災の神学」は生まれるかも知れません。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2011年9月4日 - 2011年9月10日 | トップページ | 2011年9月18日 - 2011年9月24日 »