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2011年2月20日 - 2011年2月26日

2011年2月25日 (金)

白い滑走路に悄然と立ち尽くし…〜安谷屋正義展を見て〜

陽炎が立つような、真っ白な滑走路に、悄然と立ち尽くす長身の兵士。

作品の題名は「望郷」。作者は安谷屋正義。1965年の作という。

先日の沖縄フィールドワークで立ち寄った沖縄県立美術館で「安谷屋正義展—モダニズムのゆくえ」という展覧会が開かれていた。展覧会でこの「望郷」という作品のエスキース(下絵)も何枚も展示されていた。この「望郷」はわたしの心をとらえた作品だった。

この展覧会に立ち寄ろうと思ったのは安谷屋正義の父親である安谷屋正量に以前から関心があったからだ。正量は、戦後すぐ沖縄島で組織された沖縄人「自治」組織である沖縄諮詢会の商工部長で、旧日基(戦前の日本基督教会という教派)の那覇教会の信徒であった(戦後は那覇中央教会の信徒。安谷屋正量には自伝がある(安谷屋正量『激動の時代に生きて─88年の歩み─』角川書店、1974年))。

展覧会では正義のノートも展示されていて、キリスト教の歴史について研究したノートもあった。また、先の望郷と並んで、彼の代表作である「塔」(1958年作)にも彼の宗教性がうかがわれた。会場の一部屋の全部の壁に「塔」のエスキースが展示され、部屋の中央に「塔」がキャンパス台に立てかけられていた。エスキースを見ると、方眼紙に1㎜単位で年蜜に計算され尽くした多くの線で構成されたことがわかる。そして、この作品の初期のエスキースでは、「塔」はバベルの塔のような形をしていた。

その部屋の中央に置かれた「塔」を近くから、遠くから、何度も何度も眺め直してみた。燈のまわりを取りまいて、天に昇っていくような薄い魂の軌跡。細い長い塔が,それでも軌跡に様に安定し、安定しながら所々でささくれ立ち、切り込まれ、くさびを打ち込まれているように、声を上げている。地上の願いを天へ届ける祈りを、外から見ているような印象を受けた。

この安谷屋正義の作品自体もそうだが、沖縄のキリスト教の思想的奥深さをじゅうぶん感じることができた。こんな精神世界を、安谷屋正義は沖縄の社会や文化の中で作り上げてきた。その一端に、良心の信仰があったのではないか。

そして、占領下の沖縄。「望郷」はベトナム戦争が激しさを一段と増し、沖縄からは米兵が死地に赴いていった時代に書かれた。その他にも、滑走路や軍港を具象と抽象の中間のようなタッチで描いた作品が多くある。彼の絵の抽象性は、米兵の匿名性につながっているような印象であった。そして、一般化した匿名の兵士の全身にみなぎる悲しみやさびしさに胸が打たれた。

展覧会はこの3月13日に終わる。この展覧会を見るだけで沖縄に行っても、決して無駄ではない。そんな気持ちさえ抱かせる、彼の作品であった。

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2011年2月23日 (水)

【緊急】留学生の奨学金について

この4月、例年と同様、わたしの勤務大学に韓国・光州大学校の学生4名が来日します。期間は1年間の短期留学です。そして、例年は、日本学生支援機構を通して、UMAP(アジア太平洋大学交流機構)から1名当たり月額8万円の奨学金を3名が受け、残りの1名はHUMAP(兵庫県アジア・太平洋大学間交流ネットワーク)から同額の奨学金を受けてきました。

ところが、先日、学生支援機構から本年度は奨学金を支給できない旨の通知がありました。すぐに事務担当者が同機構に連絡したところ、「理由は言えないが、全国で200名の奨学金が削減された」とのこと(ひょっとすると、200校の間違いかも知れないが)。考えられる理由は、例の事業仕分けの対象となり予算が削減されたか、わたしの学部の募集停止の情報が伝わったのが影響したのか、その他のどれかだと思います。

それで、わたしも事務担当者も他の奨学金を探しているけれど、今から募集をしている奨学金がなかなか見つかりません。

どなたか、今から出願できる短期留学生対象の奨学金をご存じないでしょうか。お心当たりの方は、このブログのコメント欄にでも御一報下さい。コメント欄は自動的にはアップされないようになっております。アップを希望されない場合はその旨もお書き添え下さい。

では、なにとぞ、よろしく。

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2011年2月22日 (火)

独裁の“諸相”〜カダフィ体制とでも空爆、そして、亡命パイロットとSengoku28をめぐって〜

リビアでは、軍がデモ隊に発砲ではなくて、空爆をしたという。信じがたいが、独裁者は、自分の権力を守るためにそこまでするのか。このことは、改めて肝に銘じておこう。独裁者に対峙したときに、自分の身は自分で守らなければならないのだ。なぜなら、独裁者は、非常時になると、法も、常識も、道徳も、倫理も顧みなくなるものだ。

さて、市民を眼下に眺めながら機銃を掃射し、爆弾を投下した兵士の思考と心情を改めて凝視したい。空爆を命じられた兵士のなかには、命令に疑問を感じて隣国に亡命した者もいたという。その両者のあいだにどのような差異があるのだろうか。その差異を考える上で、ことを実行するにあたっての逡巡や躊躇の有無はその手がかりとなるだろう。

丸腰(一部そうでない場合もあるようだが)の市民を機銃掃射した戦闘機のパイロットには逡巡があったのだろうか。そして、隣国に亡命したパイロットには………? わたしは、爆撃には独裁者に対する揺るぎない信頼となそうとすることへの確固とした確信があり、亡命には相当の逡巡があったのだろうと推察している。躊躇や逡巡は、極めて人間らしい判断を導くことに役に立つ。そして、盲信と表裏一体の信頼と確信は、時に非人間的に無慈悲な行為へと導かれる人間の心理的負担を相当軽くするのだろう。テロルというのは、そういうときに起こる。

そして、その確固とした確信が、時に誤った判断へと人を駆り立てる例を、私はこのブログででかつて述べたことがある(ココ)。「sengoku38」こと、一色正春氏はその後もさまざまなメディアで自分の「確信」を語り続けている。そして、その「確信」は揺るぎないのだが、わたしはその揺るぎなさに彼の思考停止を思ってしまう。そう、デモ隊に機銃を掃射したパイロットと同様の。一色氏は、少なくとも人を物理的には傷つけていないので、こうした類比は妥当でないという意見もあるだろう。しかし、逡巡のない「確信」は人を誤った判断に導くという点では共通しているように思う。

折しも、山口県の上関では原発の建設が、そして、沖縄の高江では米軍のヘリパットの建設が強行されようとしている。そこに、建設を進める側を守るために海上保安庁や沖縄防衛局が動員されている。その動員の中には、海上保安官のような公務員ばかりではなく、行政から委託を受けた民間人もいるのだが。どうか、保安官の方々、作業員の方々。ご自分がやっていること、やろうとすることが、自分の道徳観や倫理観に照らし合わせて、正しいことなのかどうか逡巡して下さい。そして、一歩踏み出すことを躊躇して下さい。

先日、沖縄滞在中に上関の原発建設反対の立場の人たちが沖縄の高江で反対運動をしている人たちの応援に駆けつけたという報道を見た。沖縄で行動をしている人たちは、一貫して非暴力を貫いているが、その番組の一シーンで、ある反対派の男性が作業員の男性の肩を抱いて説得し、その場から立ち去ってもらったということがあった。真摯な説得は、ひとの躊躇や逡巡を引き出していく。

「あなたが、ここから立ち去っても、給料は払われるよ」。なるほど、そこに動員された民間人作業員はこの種の躊躇もあるのだろう。しかし、それを別の躊躇が上回ることがある。「わたしが仕方なしにやっていることが、ひょうっとすると人を困らせたり、傷つけたりすることがあるかも知れない」。

そう、考えることを、もう一度考えたい。チュニジア─エジプト─バーレーン─リビア、そして、尖閣諸島と山口・上関、沖縄・高江と、迷って、立ち止まって、もう一度考えてみよう。

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