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2011年2月27日 - 2011年3月5日

2011年3月 2日 (水)

[承前?]投降者には投稿を!!

昨日のエントリーは、結局、今回の「ITカンニング」事件を官憲に丸投げして、妨害電波だとおか、携帯回収だとかいう小手先の解決でよしとするのではなく、教育の範疇で解決する道はなかったのかということです。そこで、再度、呼びかけたいのは(誰にや?)、

投降者は、投稿しろ。

ということです。

つまり、「投降者」にも、多分、それなりの言い分があり、それを大学当局は聞く必要があるのではないかと思います。「入学もしていないものに大学が教育義務を負うのか」という批判もあるでしょうが、「手口」を含めて、批判者に対する対話から生産的なものが出てくるのではないかと、わたしは思うのです。

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2011年3月 1日 (火)

「投稿者には、投降を」

例の京大やその他の大学で起こった「ITカンニング」事件ですが、「投稿者には、投降を」と書いた人がいました。

確かに大学にとっては厄介な問題ですし、「犯人」を特定するためには警察の力を借りるしか、現行法では出来ないようですから、大学が警察に告発を行うというのは、話の筋としては理解できます。

ですが、教育も、研究も、その立ち位置が重要だということでしょう。

大学の管理的な立場からすると、これらの行為は「非道」で許せない行為であり、警察に告発することは当然だということになるでしょう。

しかし、大学は、かつて「学問の自由」をたてに、かたくなに警察権力の介入を拒んでいた時代がありました。京大の教員や学生は、恐らく、その先頭に立ってきたのではないでしょうか。だから、教員の立場からは、今回の関係大学の措置は、報道で知る限り、違和感があります。

京大ともあろう大学が、警察に訴えるしかできないのは、どうでしょう。同志社、立教は、キリスト教系の大学ですし。自発的に名乗り出る呼びかけは、なされているのでしょうか。厳罰を口にする一方で、教え諭し、導き、回心させるというような、教育的、宗教的な配慮は出来ないものなのか。

無駄でも、それは教育だ。

こちらの方が、共感できる行動です。

冒頭に述べた、「投稿者には、投降を」と書いた人の一言を見て、わたしも教育者としての立ち位置にはっとした思いでした。

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