« 2012年3月11日 - 2012年3月17日 | トップページ | 2012年7月8日 - 2012年7月14日 »

2012年5月13日 - 2012年5月19日

2012年5月16日 (水)

原点としての「琉球処分」と沖縄返還=本土復帰40周年

自分たちの住んでいる国をどう見るかは、他国をどう見るかの鏡になる。

40年前の5月15日のことは、あまり覚えていない。当時小学生だったわたしは、その日は半ドン(授業が午前中だけで終わって、午後は休み)になったことは覚えている。覚えているのは,むしろ沖縄返還=沖縄の本土復帰の前の騒然とした政治状況のことだ。「カクヌキホンドナミ(核抜き本土並み)」ということばを、日に何度も見聞きした。荒れた国会の様子をニュースで見ながら、「沖縄が帰ってくるのだ」と大人が話しているのを聞いても、実感はわいてこなかった。そのころ、自分の後半生で沖縄との関係が重要になってくることなど、想像もしなかった。

さて、その日、沖縄は雨だったこと。復帰祈念式典の会場になった那覇市民会館の隣の与儀公園では抗議集会が開かれていたこと。なぜ、この日が5.15日になったのか。──これらは、みな、ずっと後で知ったことだ。そして、沖縄に深く関わるようになってから10年以上が過ぎている。

40年前の与儀公園での抗議集会は沖縄県祖国復帰協議会主催で、「沖縄処分抗議 佐藤内閣打倒5.15県民総決起大会」というタイトルだったらしい。ここで使われている「処分」ということばは、いうまでもなく1879年の琉球藩廃止、沖縄県設置に至る一連の「琉球処分」に呼応するものだ。また、沖縄の人びとは、この130年以上前の出来事が、その後何度も、そして、今でもくり返されているように感じているというひとつの証でもある。したがって、わたしたちはこの一連の「琉球処分」から学び直さなければならない。

しかし、講義で学生たちに「琉球処分」について訊ねても、その名称すら知らないものも多い。また、「処分」とはだれが、だれを、どんな罪で処分したことなのかを問うても、その質問自体がよく理解できないようでもある。

さて、「琉球処分」は、高校の日本史の教科書には近代初頭の国境確定の一環として、小笠原、千島・樺太と並んで簡単に紹介されているだけだ。台湾事件や台湾出兵は必ずしも「琉球処分」とは結びつけられていない。また、注意深く読めば「処分」後の「旧慣温存」政策と見られる記述をしている教科書もあるが、その歴史的意味については踏み込んでいない。

もう、10年近く前、宮古島で郷土史家の方に戦後の宮古の事情について聞き取りをしたとき、インタビューの冒頭でその方は「分島・改約(憎約)」問題について話しをされた。いまとなっては確かめようがないが、もしかすると、その方はわたしの沖縄についての思いを試されたのかもしれない。

そう、日本という国家が国益と引き替えに宮古と八重山の土地と人民を、当事者の了解も得ずに当時の清国に売り渡そうとしたこの事件は、教科書のどこにも記述がない。学生たちが「琉球処分」についてほとんど知らないことについて、学生たちに罪はない。教えられていないのだから、知るよしもないだろう。実際、わたしも学生時代には全く知らなかったことだ。けれども、それは、幸いなことでもあると思う。つまり、ほとんど白紙の状態で、「この時何があったのか」、また、「その後、沖縄で何が行われたのか」、また、「そのことにどのような意味があるのか」などを詳しく伝えることができる。また、日本本土と沖縄との関係がこの時決定づけられて、その後何度も同様の切断が行われたことを説明することもできる。

沖縄の歴史や宗教に本格的に関わりはじめてから、10年以上が経過した。その間に、沖縄の現在や歴史に学んだことは多い。また、ずいぶん色々なひとにお世話になり、かけがえのないものを得た。それは、同時に、いまも代わりのないわたしの周囲とのギャップを大きくしたのかもしれない。わたしのなかにる「知らない」という感覚も、だいぶん鈍っているように感じることがある。講義や日常会話、それから、研究会や学会での研究者との対話のなかで、自分の中ではもはや常識であると思っていることが、相手にはまったく考えられないことであったりする。このちぐはぐさが、最近になって、いっそう増しているようにも感じている。

だからこそ、わたし自身が少しずつ変えられたように、まず、わたしの周囲から少しずつ事態を変えられたと思う。そうした努力をこれまでもしてきたつもりだが、これからも続けていこう。40年前、何も知らなかった少年だから、これからもともに学び続け、知る努力を重ねよう。そのために、まず、「琉球処分」からはじめたい。

さて、冒頭でふれた事柄だが、沖縄と本土との複雑な関係を知ることで、きっとわたしたちの国際理解は変わっていく。他国にも、きっと同じような関係の地域があるだろう。それから、隣国の民族問題や人権意識をとやかく言う前に、わたしたちの国はどうなのか考える契機にもなるだろう。例えば「沖縄は、アイヌ、はどうだろう」と。わたしたちはその人たちの人権をじゅうぶんに守っているだろうか、他国の民族問題に触れることは自問自答する契機となるだろう。

こうして、もう一度、自分の、自分たちに問題として、沖縄のことを問い直したい。今日一日、さざ波のような報道を聴いていて思う。

【追伸】
記念式典での上原康助氏のスピーチ、聞いてみたかった。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

« 2012年3月11日 - 2012年3月17日 | トップページ | 2012年7月8日 - 2012年7月14日 »