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2012年7月22日 - 2012年7月28日

2012年7月23日 (月)

史料と論文をめぐる雑感

科研費が再び配分されることになったのだが、この夏は、家庭の事情で、沖縄方面へのフィールドワークができない。実は、昨年も科研費がなかったので、夏に沖縄の調査ができなかった。だから、これで1年半ほど沖縄に行っていないことになる。

沖縄調査を行わなかった昨年だが、研究的にはそれなりの成果はあった。翌年度の科研費の申請を念頭に置いて、奄美地方のキリスト教伝道(特に、奄美で盛んなカトリックではなくて、どちらかというと劣勢のプロテスタントの伝道)について基礎的な調査を行った。また、関西圏の神学部がある大学の図書館や資料館で主要な教派の報告書をひもとき、それぞれの教派の沖縄・奄美など南島伝道の基本的な姿勢について概観できた。こうした基礎的な史料調査をしていると、それまで南島各地で集めてきた史料の断片やバラバラに思える聞き取りの成果について、大きなつながりが意識されはじめたのも新鮮であった。

思えば、この10数年間、沖縄に通い続けて史料の収集を続けてきた。それは、ありふれた表現だが、「砂漠で、ダイヤを探すようなもの」であった。しばらく歩いては、途方に暮れ、それでもなんとかほんの小さな手がかりも逃すまいとして、また、とぼとぼと史料の藪に分け入っていった。藪や砂漠だったところでも、自分で歩けば道ができる。

昼食もとらずに、朝の9時から夕方5時まで、ぶっ続けてマイクロフィルムを見続けた後の太陽は紫がかった黄色だった気がする。そのうち、わたしの研究に興味をもって、助けてくれる方々もずいぶんふえた。

さて、集めた史料のどれぐらいを論文にできたのだろうか。まだまだ生かせないでいる史料も膨大にある。それらと格闘することは、とても楽しいことだと思う。わたしは、実際の生活では、生来ずぼらな性格で、整理や整頓もとても下手なのだ。しかし、研究は違う。──というのは、単に強弁かも知れないが、たしかに、研究ではほうきで部屋の四隅を丁寧に掃くように、調査に没頭してきた。

ずぼらな人間は、研究者に向かない。
労を惜しむめんどくさがりも、研究者に向いていない。

最近、そう思わせる出来事があった。そういう研究者(の卵)が、妙に増えてきていることに、危機感を抱いている。良く研究し、労を惜しまず史料を集めている研究者は、どんな人に対しても公平で、どのような小さな研究成果でも、バカにしないで、大切にしていることを、自分の身近な友人や恩師などを通して知ることができたわたしは、実に幸運であった。だから、私もそのようにしようと思っている。

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