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2012年8月19日 - 2012年8月25日

2012年8月25日 (土)

変則的鎖国・海禁から開国へ〜その“産みの痛み”と敗戦の日に寄せて〜

この夏、わたしの大学から3名の交換留学生を大韓民国・光州市の光州大学校に送り出す。1名は約10週間の語学研修、2名は半年間の短期留学となる。昨今の日本と韓国の間に起こっている出来事を考えると、送り出す教員としては心配は絶えない。しかし、現地・光州大のスタッフと、以前わたしの大学で受け入れた留学生のOBもたくさんいる。それらの人々への信頼感は決して揺るがない。

これらの留学希望者と、今年、韓国の釜山外国語大学校から受け入れている3名の交換留学生と一緒に、「日本語・日本事情」問い宇治授業で、この前期の間、日中韓3国共通歴史教材委員会編著『未来をひらく歴史 日本・中国・韓国=共同編集 東アジア3国の近現代史』(高文研、2006年)という本を輪読してきた。

未来をひらく歴史―日本・中国・韓国=共同編集 東アジア3国の近現代史

この本を読みながら、日韓の学生たちと議論をしていると、双方の学生とも、自国の近代史について、あまり良く知らないこがわかってきた。日本人の学位については、自国の近代史について良く知らないといわれてきた。同じように、韓国人の留学生も自国の近代史についてあまり良く知らないように見受けられる(しかし、ごく少数の留学生がそうだからといって、韓国人一般がそうだということを、わたしは言おうとしているのではない)。

しかし、これは、決して悪いことではないとわたしは思っている。歴史について良く知らないということは、高校までの「国史」しての「日本史」、あるいは、朝鮮・韓国史やネットなどで偏った先入観をあまりもっていないということでもある。

それから、韓国人の留学生と話をして驚いたのだが、韓国には世界史という科目自体がないというが、本当だろうか。そういえば、韓国からの留学生は、近代史に関して言うと、日本との関係はたくさんのことを知っているように思うが、ヨーロッパや米大陸、アフリカやオセアニア、アジアの他の地域についての知識はあまりないように思うのだが、一般的にはどうなのだろうかと思う。

また、韓国の国史(韓国史)の教科書は以下のように、翻訳が出ていて、日本語でも読めるようになっているが、

       

       

国定教科書なので、多様な歴史観を学ぶ機会も、違った歴史観を持つ教科書で学んだ多様な学生がいることもない。このことには、一長一短がある。が、戦前の日本の国史の教科書がやはり同様であって、よほどのエリートでない限り、多様な歴史観に触れる機会がないのは、望ましいことではないとも思う。

それから、留学生対象の授業のほかに、わたしのゼミは、過去にも、また、現在も韓国人の留学生がいる。ある年、竹島・独島のことを研究したいという韓国人の留学生がおり、そのとき、たまたま日本人の学生も同じテーマで研究をしようとしていた学生がいた。

その時、わたしの出した課題は、以下の通りだった。

「竹島・独島が、自国の領土である」という主張について、韓国人の留学生には日本や日本人がどのように主張してきたかについて調べ、日本人の学生には韓国(あるいは北朝鮮)や韓国人の主張について出来るだけ詳しく調べてくる。

つまり、問題解決のために、立場を入れ替えて考えるという試みである。

しかし、日本人の学生はハングルがほとんど読み書きできず、韓国人の学生は自国のイデオロギーからいっこうに抜け出せず、この試みは充分な成果をあげることは出来なかった。出来なかったけれど、二人の学生に、それぞれ、問題を考えるための“種”が与えられたと思っている。

先ほどの国定教科書の件と同様、戦後の歴史教育のなかで育ち、実証的で、だれにでも検証可能だという意味で価値中立的な歴史学を叩き込まれてきた世代のわたしには、韓国人の留学生や韓流時代劇に描かれている歴史観に結構強い違和感を覚えてしまう。また、最近は変化しているのかも知れないが、キリスト教史の東アジア地域での学会があったときに、韓国の研究者の研究がほとんど護教的な視点でなされていたことに驚いたことがある。

キリスト教の「明」や「全」「両」の部分を評価するだけではなく、「暗」や「悪」の部分をえぐり出そうとしている自分の研究と護教的な研究とのコミュニケーションはかなり難しい。

歴史は「事実」なのか、それとも「物語」なのか。竹島や独島の帰属についても、双方が「事実」だといいながらも、それぞれ、民族や国家の壮大な「物語」のなかの一つのピース(構成部分)として、その壮大な「物語」の束縛から逃れかねているように思える。

さて、韓国の「物語」はナショナリズムであろうが、日本の「物語」はどのように語られているのだろうか。

日本の歴史教育は1945.8.15をきっかけに変わりはじめ、それにより、多様な歴史観が日本のなかでも語られるようになった。戦後の民主化のなかで、教育の民主化はことのほか重要であった。特に歴史教育は戦前のそれから大きく変わったと言われている。さきに、わたしは価値中立の歴史観を叩き込まれたと書いたが、これは、少なくとも大学に行って以降のことだ。

そんなことを考えたり、3.11以降の原発問題や沖縄や安保の問題を考えていると、日本は、戦後から今日まで一貫してたはり変則的な鎖国・海禁状態にあるのではないかと思えてきた。それは、日本の選択肢や国際関係があまりに米国に密接に結びついていて、他の関係について排他的になっている傾向がある。そういえば、近代以降に視線を延ばしても、欧米に偏りすぎているきらいがあるのではかろうか。

だから、本家の米国が、グローバリズムを叫んでいる昨今でも、日本は、なかなか、冷戦的思考から抜け出せていないようなきらいがある。

さて、敗戦の日から幾日か過ぎて、これまで考えてきたことをことばにしてみた。お互いに感情をぶつけ合ったあとには、島のことはさておいても、おかなくても、これからどうやって力や心を合わせていくのかを考えたいと思う。

とりあえずではあるが、休み明けに、留学生たちともじっくり話をしてみたいと思う。それから、これから立ち上げられる東アジア地域のキリスト教史についての交流史的研究のための研究者の集まりの場でも、違った歴史観を批判しつつも、容認し、そこから学べるところは学んでいこうとする自由な空間を構成してゆきたいと思っている。

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『高校倫理からの哲学 第3巻 正義とは』、刊行されました。

この7月から刊行が始まった『高校倫理からの哲学』シリーズの第3巻「正義とは」が刊行されました。

わたしは「琉球という『他者』」というコラムを書いています。また、井上厚史氏による「隣人とどうつき合うのか─他者の正義との出会い─」など、時節柄問題になっている事柄についても、扱っております。

第1巻、別巻と同様、書店で一度お手にとってみて下さい。

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