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2012年12月9日 - 2012年12月15日

2012年12月13日 (木)

逝った眼をした彼らは、一体、何を振り払おうとしているのだろうか

選挙が近い。

選挙前から自民党も維新の会も「改憲」を勇ましく掲げて、民主党や未来の党をこうげきしている。原発問題の争点隠しとの見方もあるが、どうもそうではないように思う。そして、彼らはいまでも必死で何かを振り払おうとしているように見えてしかたがないのだ。

彼らは、一体何を振り払おうとしているのだろうか。この国の現在の憲法なのだろうか。それもあるだろうが、最も振り払いたいものは他にある。それは、敗戦という事実(彼らは、それを「恥辱」だというだろう)なのではないだろうか。

改憲以上に、彼らは、とっても戦争をしたがっている。また、彼らが我慢ならんのは、尖閣諸島を狙っている中国や台湾でもなく、竹島を実効支配している韓国でもなく、ミサイルを撃ってくる(でも、予告しているよね)北朝鮮でもない。67年も前の「敗戦」という事実なのだろう。そして、その恥辱を晴らすためには、もう一度戦争をして勝つしかないと思っている。そう、勝てると信じているところが、実にばかばかしくもあり、憐れでもある。が、ばかばかしくて憐れでもある彼らが、もうすぐこの国の権力をにぎろうとしているのだ。

このまま彼らの描いたシナリオ通りに事が運んでいくと、1945年の敗戦は取り消され、〔戦後〕といわれた相対的に平和だった時代は、長い戦間期、もしくは、第二次世界大戦の休戦期間となってしまいかねない。しかも、休戦期間の間に敵と味方の組み替えが起こっていていたりする、実にややこしい休戦期間なのだ。

彼らの、負けたことが恥ずかしくてたまらなくて、次は勝ちたいと思う気持ちは、戦後、戦争や武力衝突よりも、経済を重視し、その点で勝利をし、世界第2位の経済大国になったことなどでは、とうてい満たされないのだ。なんと強欲な、と思う。

戦争をさせるような選択だけは、今度の選挙でしてはならない。そのためには、ただただ護憲だけではいけないだろう。護るだけではだめで、憲法のなかの平和や民主主義等の理念を旗印に、世界を説得しなくてはならない。戦争のない、抑圧のない、隷従する人がいることのない、世界をつくるために。

そのために、そして、その一環として、わたしたちの国は常に周辺諸国に謝り続けてきたのだ。謝罪は、わたしたちが謝るべきである人びと・国家のためではない。それは、実は、わたしたち自身のためであったのだ。「謝れば、そこをつけ込まれる」というが、それは、一種の敗北主義である。戦争責任を認め、謝罪を続けることは、周辺諸国につけいる隙を与えず、常に攻勢を保ちながら、自らの意志を貫くために、どのくらい力になってきたことか。そして、こうして得た力は、同情ではなく、共感を呼んできたのだ。

平和のために、平和裡に、平和と公正を旗印に、これからも歩んでいくために、今度の選挙では決して道を誤ってはいけない。子どものときに、戦前の日本人は、なぜ、からだをはってでも戦争を止められなかったのかと、オトナの世代のことを非難したことがある。しかし、現在の状態を見ていれば、「抵抗できなかったのだ」という状態がどのようなものか、分かるような気がする。

くり返して書くが、決して道を誤って、自民党と維新による政権だけは、誕生させてはならない。

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